罪の在り処

橘 弥久莉

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第四章:絡みつく真実の糸

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 へたり込んだまま泣いている母親を茫洋と
見つめる僕に、マサが息をつく。彼はきっと、
数えきれないほどこういう場面に立ち会って
きたのだろう。無造作にテーブルに置かれて
いる手紙を封筒に戻し、その先に切り込んだ。

 「お心を乱してしまい、申し訳ありません。
ですが、起きてしまいそうな犯罪の芽を摘み
取るのも我々の仕事なんです。お母様に心当
たりがないのはわかりました。差し支えなけ
ればお兄様の当麻卓とうますぐるさんにもお話を伺いたい
のですが、彼はいまどちらに?」

 手紙を手にそう問い掛けると、母親は、ふ、
と息を漏らした。

 「息子はおりません」

 「いないとは、どういうことでしょうか?」

 恍惚とした表情をしている母親に、僕たち
は眉を顰める。すると母親は顔を上げ、痛々
しい笑みを浮かべながら言った。

 「息子は、この世にはおりません。心春が
亡くなった翌々年に、あとを追うように逝っ
てしまいましたから」

 思いも寄らない事実に、僕たちは絶句する。

 妹が亡くなった翌々年に兄も死んだ?
 そんな不遇が続くものなのだろうか?

 にわかには信じ難かったが、その経緯を聞
けば、彼女の口から語られる事実に僕は愕然
とすることとなる。

 母親は両手の平で頬を拭うと、虚空を見つ
めたまま言った。

 「息子は高校時代から登山が趣味で、大学
でも登山サークルに入っていたんです。特に
雪山に登ることを好んでいて、雪山の美しさ
に魅せられてからは友人や恋人を連れて登る
ことが増えて。山に行くという度に、無事に
帰ってくることを祈っていたんですけど……。
大学院の時に、恋人と雪山に登ってそのまま」

 『雪山』、『登山サークル』。

 そのワードを耳にした瞬間から、僕の心臓
は誤作動を起こしたように小さく飛び跳ねて
いた。なぜかはわからない。けれど嫌な予感
しかしない。この先の話を聞くのがどうにも
恐ろしかった。

 マサはそんな僕をちらりと見やると、母親
に先を促した。

 「つまり、息子さんは雪山で遭難して亡く
なった、ということですね?」

 問い掛けというより、確認だった。
 母親はポキリと木の枝が折れるように頷く。
 僕はさらに何かを語ろうとする母親の口元
を、ただただ凝視していた。

 「一緒に登った恋人は助かったんですけど、
息子はダメでした。『NOKONOKO』なんて
カメみたいな可愛い名のサークルだから……
入った時はこんなことになるなんて、夢にも
思わなかったんですけど」


――ああ、もう。


 聞き覚えのあるサークル名に、僕はどっと
冷や汗をかいてしまう。

『雪山』、『登山サークル』、『NOKONOKO』。

 このワードは最近耳にしたばかりで、嫌で
も一人の女性の顔が思い浮かんでしまった。

 出来ることなら耳を塞いでしまいたかった
が、現実逃避をしたところで何も解決しない。
 僕は息を吐き覚悟を決めると、張り付いた
喉から声を絞り出した。
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