78 / 127
第四章:絡みつく真実の糸
76
しおりを挟む
「事件の背景は彼から聞いていたんですか。
加害者の西村永輝には妹がいるということも」
「ええ。どうしてそんなことになってしま
ったのか、事件の背景は何となく彼から聞か
されていて、加害者に二つ下の妹がいること
も知ってた。彼女の姓が『藤治』に変わって
いたことは知らなかったけど、『兄が展望台
から恋人を突き落とした』という彼女の言葉
だけでピンときたわ。まさかこんな形で彼女
と対面することになるなんて、運命の歯車に
絡められていくような、不思議な気分だった」
淡々と語る彼女の口ぶりから、藤治さんに
対する負の感情のようなものは感じられない。
――被害者遺族の恋人。
事件の関係者であることに違いはなくとも、
特別な恨みを抱くほどの因縁があるようには
見えなかった。
「雪山へは二人で?」
少しずつ紐解くように話を促すと、彼女は
小さく首を縦に振った。
「心春さんを亡くしてから彼はずっと塞い
でいて、山に登ることもなかったんだけどね。
ある時、雪山に行かないかと誘われてわたし
は二つ返事で快諾した。雄大な大自然の中に
身を置けば、少しは彼の悲しみを拭えるかも
知れないと思ったの。だから、前日に山麓の
天気予報をチェックして二人で山に向かった。
だけど、彼はその山で……」
彼女が苦し気に唇を噛み締める。
病院で顔を合わせた時、彼女は泣いていた
と母親が言っていた。きっと、僕には想像も
及ばないような、過酷な体験をしたのだろう。
気遣うように顔を覗くと、彼女は顔を上げ
話しを続けた。
「天気は悪くないから大丈夫。そう思って
いても標高の高い雪山ほど、悪天に変わって
しまうことが多いの。その時もホワイトアウ
トで視界が真っ白になって、平衡感覚までな
くなってしまった。普通の山と違って雪山は
登山道を十五センチずれるだけで遭難に繋が
ってしまう。雪庇を踏み抜く危険もあるし、
わたしは雪が修まるまでそこでじっとしてた
んだけど。でも、彼はきっとわたしを探そう
としてくれたのね。持ってた無線機もバッテ
リー切れで繋がらなくて、結局わたしだけが」
そんな辛い過去が彼女にあったとは、普段
の溌剌とした様子からは想像も出来なかった。
けれどだからこそ、いまになって気付く。
あの部屋で写真を見ていた時、彼女が遠い
眼差しをしていたことを。僕はその時の彼女
の気持ちを思い、自嘲の笑みを浮かべた。
「何も知らなかったとはいえ、僕はあの時、
辛いことをあなたに思い出させてたんですね」
部屋で観た写真のことを言っているとわか
ったのだろう。
彼女は淡く笑むと「いいえ」と首を振った。
加害者の西村永輝には妹がいるということも」
「ええ。どうしてそんなことになってしま
ったのか、事件の背景は何となく彼から聞か
されていて、加害者に二つ下の妹がいること
も知ってた。彼女の姓が『藤治』に変わって
いたことは知らなかったけど、『兄が展望台
から恋人を突き落とした』という彼女の言葉
だけでピンときたわ。まさかこんな形で彼女
と対面することになるなんて、運命の歯車に
絡められていくような、不思議な気分だった」
淡々と語る彼女の口ぶりから、藤治さんに
対する負の感情のようなものは感じられない。
――被害者遺族の恋人。
事件の関係者であることに違いはなくとも、
特別な恨みを抱くほどの因縁があるようには
見えなかった。
「雪山へは二人で?」
少しずつ紐解くように話を促すと、彼女は
小さく首を縦に振った。
「心春さんを亡くしてから彼はずっと塞い
でいて、山に登ることもなかったんだけどね。
ある時、雪山に行かないかと誘われてわたし
は二つ返事で快諾した。雄大な大自然の中に
身を置けば、少しは彼の悲しみを拭えるかも
知れないと思ったの。だから、前日に山麓の
天気予報をチェックして二人で山に向かった。
だけど、彼はその山で……」
彼女が苦し気に唇を噛み締める。
病院で顔を合わせた時、彼女は泣いていた
と母親が言っていた。きっと、僕には想像も
及ばないような、過酷な体験をしたのだろう。
気遣うように顔を覗くと、彼女は顔を上げ
話しを続けた。
「天気は悪くないから大丈夫。そう思って
いても標高の高い雪山ほど、悪天に変わって
しまうことが多いの。その時もホワイトアウ
トで視界が真っ白になって、平衡感覚までな
くなってしまった。普通の山と違って雪山は
登山道を十五センチずれるだけで遭難に繋が
ってしまう。雪庇を踏み抜く危険もあるし、
わたしは雪が修まるまでそこでじっとしてた
んだけど。でも、彼はきっとわたしを探そう
としてくれたのね。持ってた無線機もバッテ
リー切れで繋がらなくて、結局わたしだけが」
そんな辛い過去が彼女にあったとは、普段
の溌剌とした様子からは想像も出来なかった。
けれどだからこそ、いまになって気付く。
あの部屋で写真を見ていた時、彼女が遠い
眼差しをしていたことを。僕はその時の彼女
の気持ちを思い、自嘲の笑みを浮かべた。
「何も知らなかったとはいえ、僕はあの時、
辛いことをあなたに思い出させてたんですね」
部屋で観た写真のことを言っているとわか
ったのだろう。
彼女は淡く笑むと「いいえ」と首を振った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しかない
橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。
幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、
10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく
平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、
ある時を境に夫の病に向かい合うことと
なる。しばらく前から、夫の不可解な
言動に不安を抱いていた波留に医師の口
から告げられた病名は、「若年性認知症」。
――結婚から6年目のことだった。
病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた
らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛
と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦
のハートフルストーリー。
*作者よりひと言*
認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」
を失ってゆく義母を想いながら執筆させ
ていただきました。胸が苦しくなって
しまう部分もあるかと思いますが、同じ
病に苦しむ方々に、何かが伝わればと
思います。
※この物語はフィクションです。
※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay
から選んだものを使用しています。
※参考文献:認知症の私から見える社会
丹野智文・講談社
ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる