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第四章:絡みつく真実の糸
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「卜部さんは何にも悪くない。実はあの時、
話してしまおうか少し迷っていたの。だけど、
やっぱり言えなかった。卓さんのことは嫌い
になって別れたわけじゃない。だからどこで
恋を終わらせればいいかわからなくて。もし
かしたら、わたしはいまでも彼の恋人なのか
も知れない。そう思ったら、どうしても切り
出せなかったのよ」
そう言って寂しげに笑みを深める彼女に、
僕は掛ける言葉がみつからない。
彼女はきっと、新たな恋に踏み出そうとし
ていたからこそ言えなかったのだろう。彼の
写真の前でこの恋は終わったのだと、口にす
ることが出来なかった。
どうにも沈んでゆきそうになる気分を留め
ようと、僕はそれとなく話の矛先を変えた。
「でも、ちょっと不思議な感じがしますね」
「不思議な感じって?」
唐突にそんなことを切り出した僕に、彼女
が小首を傾げる。
「被害者遺族の恋人であるあなたが、親の
仕事とはいえ加害者家族の支援に携わってい
ることがです」
「ああ、そのこと」
然もありなんと言いたげに、彼女は肩を竦
める。そして、満たされたように息を吐くと、
いつものキラキラとした眼差しを向けた。
「妹さんを失って悲しんでいる彼を見てね、
『もし被害者遺族になったら』という視点が
あるなら、『もし加害者家族になったら』と
いう視点があるのが当たり前のように感じた
の。それに、被害者遺族でも加害者家族でも
ない第三者のわたしだからこそ出来ることが
あると思った。だから、父と肩を並べてこの
仕事に携わっていることに違和感を抱いたこ
とはないわ」
「第三者の自分だから出来ること、か。
さすが理事長の娘ですね。言葉の重みが違う」
誇らしげにそう語る彼女に、僕は感服して
しまう。被害者遺族である恋人に負い目を感
じることなく自分の信じる道を突き進む彼女
の強さに、救われた相談者はたくさんいるだ
ろう。そんなことを思いながら無意識のうち
に口角を上げていると、彼女は不意に声の
トーンを下げた。
「ひとつ、卜部さんに聞きたいんだけど」
「何ですか?」
神妙な面持ちで顔を覗き込む彼女に、僕は
居住まいを正す。
「もしかしてだけど、わたしのこと疑って
た?わたしが卓さんの恋人だと知って、もし
かしたら、わたしが犯人なんじゃないかって」
まるで心の内を見透かしたような言葉に、
僕は瞠目してしまう。けれど「違う」と嘘を
ついたところで、そんな薄っぺらい嘘はすぐ
バレてしまうだろう。僕は唇を噛み、頷いた。
「確かに、お母さんの口から菜乃子さんの
名前を聞いた時は。でも、そうじゃなければ
いいと思っていました。だって仮釈放になっ
たことは交流会で知ることが出来ても、彼の
姓が『早川』に変わったことまでは、菜乃子
さんにも知りようがなかった。そうですよね」
僕と彼女の視線が、互いを探るように絡み
あう。息を殺しながら彼女の瞳の奥を見つめ
ると、ほんの一瞬、瞳に映る僕が揺れた気が
した。
話してしまおうか少し迷っていたの。だけど、
やっぱり言えなかった。卓さんのことは嫌い
になって別れたわけじゃない。だからどこで
恋を終わらせればいいかわからなくて。もし
かしたら、わたしはいまでも彼の恋人なのか
も知れない。そう思ったら、どうしても切り
出せなかったのよ」
そう言って寂しげに笑みを深める彼女に、
僕は掛ける言葉がみつからない。
彼女はきっと、新たな恋に踏み出そうとし
ていたからこそ言えなかったのだろう。彼の
写真の前でこの恋は終わったのだと、口にす
ることが出来なかった。
どうにも沈んでゆきそうになる気分を留め
ようと、僕はそれとなく話の矛先を変えた。
「でも、ちょっと不思議な感じがしますね」
「不思議な感じって?」
唐突にそんなことを切り出した僕に、彼女
が小首を傾げる。
「被害者遺族の恋人であるあなたが、親の
仕事とはいえ加害者家族の支援に携わってい
ることがです」
「ああ、そのこと」
然もありなんと言いたげに、彼女は肩を竦
める。そして、満たされたように息を吐くと、
いつものキラキラとした眼差しを向けた。
「妹さんを失って悲しんでいる彼を見てね、
『もし被害者遺族になったら』という視点が
あるなら、『もし加害者家族になったら』と
いう視点があるのが当たり前のように感じた
の。それに、被害者遺族でも加害者家族でも
ない第三者のわたしだからこそ出来ることが
あると思った。だから、父と肩を並べてこの
仕事に携わっていることに違和感を抱いたこ
とはないわ」
「第三者の自分だから出来ること、か。
さすが理事長の娘ですね。言葉の重みが違う」
誇らしげにそう語る彼女に、僕は感服して
しまう。被害者遺族である恋人に負い目を感
じることなく自分の信じる道を突き進む彼女
の強さに、救われた相談者はたくさんいるだ
ろう。そんなことを思いながら無意識のうち
に口角を上げていると、彼女は不意に声の
トーンを下げた。
「ひとつ、卜部さんに聞きたいんだけど」
「何ですか?」
神妙な面持ちで顔を覗き込む彼女に、僕は
居住まいを正す。
「もしかしてだけど、わたしのこと疑って
た?わたしが卓さんの恋人だと知って、もし
かしたら、わたしが犯人なんじゃないかって」
まるで心の内を見透かしたような言葉に、
僕は瞠目してしまう。けれど「違う」と嘘を
ついたところで、そんな薄っぺらい嘘はすぐ
バレてしまうだろう。僕は唇を噛み、頷いた。
「確かに、お母さんの口から菜乃子さんの
名前を聞いた時は。でも、そうじゃなければ
いいと思っていました。だって仮釈放になっ
たことは交流会で知ることが出来ても、彼の
姓が『早川』に変わったことまでは、菜乃子
さんにも知りようがなかった。そうですよね」
僕と彼女の視線が、互いを探るように絡み
あう。息を殺しながら彼女の瞳の奥を見つめ
ると、ほんの一瞬、瞳に映る僕が揺れた気が
した。
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