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第四章:絡みつく真実の糸
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「もしかしたらね、来てくれるかなと思っ
て見てたの」
「来てくれるとは、あの『とべ』とかいう
青年のことかね?」
「卜部さんでしょ」
わざと言ってる風の爺ちゃんに、わたしは
間髪入れずに突っ込む。すると爺ちゃんは、
心の内を覗くかのように丸眼鏡の向こうの目
を、すぅ、と細めた。
「このところ随分と表情が明るくなったと
思ったら、なるほど、そういうことだったか」
「そういうことって」
「彼のことが好きなんだろう?何も隠すこ
となどなかろう。店の真ん中で接吻までして
おいてからに」
「うっっ!」
顔に紅葉を散らしたわたしに、爺ちゃんは
ふぁっ、はっ、はっ、と声を上げる。そして
こっちへおいでと手を引くと、まだケーキの
皿が残る客席に、よいしょ、と腰掛けた。
「もう彼には気持ちを伝えたのかな?」
わたしは爺ちゃんに両手を握られたままで
ふるふると首を振る。それを見た爺ちゃんは
ふむ、と鼻を鳴らした。
「どうして言わない?彼のことが好きなら
ちゃんとそう言わないと」
顔を覗き込む爺ちゃんに、唇を噛み締める。
わたしは彼のことが好きだ。
その気持ちはとっくに見つけている。
だけど、恋をすることも、幸せになること
も、『罪』だと信じてきたわたしは、簡単に
想いを口にすることが出来なかった。
そんなわたしの気持ちなど百も承知なのだ
ろう。爺ちゃんはシワだらけの手でわたしの
手を擦りながら言った。
「彼はやさしい目をしているね」
「うん」
「心がまっすぐで、それゆえに傷つくこと
も多いかも知れない」
「うん」
「だから、佐奈は彼を好きになったんじゃ
ないのかね。彼なら自分を受け止めてくれる。
そう思えたから、こうして彼を待っている」
「……うん」
何もかもを言い当てられて、もう堪えられ
なかった。ぽろぽろと涙を零し始めたわたし
を、爺ちゃんの手がよしよしと叩いてくれる。
わたしは彼を好きで、好きでたまらないの
に踏み出すことが出来ない辛さを吐き出した。
「彼はわたしの心に寄り添うために自分の
心の傷を見せてくれたの。誰かのために自分
の弱さを曝け出せる、やさしさを花束にした
みたいな人だって思った。だから彼に会える
のが嬉しくて、だけど、好きって言えなくて」
「どうして?」
「どうしてって、お兄ちゃんが心春さんの
命を奪ってしまったから。謝っても謝っても、
奪ってしまった命は取り戻せないから。心春
さんは二十歳で命を失って、なのにわたしは
彼女より六年も長く生きてる。そう思う度に
幸せになっちゃいけない、誰かを好きになっ
て愛されたいなんて、思っちゃいけないって」
この八年間、胸に閉じ込めていた想いが涙
と共に溢れ出した。こんな風に、泣くことす
ら許されないと思っていたのだ。
普通の女の子のように笑うことも、泣くこ
とも自分は許されない。だから大学を辞めて、
わたしは自分の夢も人生も捨てた。
そうすることでしか償えないと思っていた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら洟を啜る
わたしに、爺ちゃんは目を閉じて頷く。
そして息を吐き出すと、目を開け、「佐奈」
と名を呼んだ。
て見てたの」
「来てくれるとは、あの『とべ』とかいう
青年のことかね?」
「卜部さんでしょ」
わざと言ってる風の爺ちゃんに、わたしは
間髪入れずに突っ込む。すると爺ちゃんは、
心の内を覗くかのように丸眼鏡の向こうの目
を、すぅ、と細めた。
「このところ随分と表情が明るくなったと
思ったら、なるほど、そういうことだったか」
「そういうことって」
「彼のことが好きなんだろう?何も隠すこ
となどなかろう。店の真ん中で接吻までして
おいてからに」
「うっっ!」
顔に紅葉を散らしたわたしに、爺ちゃんは
ふぁっ、はっ、はっ、と声を上げる。そして
こっちへおいでと手を引くと、まだケーキの
皿が残る客席に、よいしょ、と腰掛けた。
「もう彼には気持ちを伝えたのかな?」
わたしは爺ちゃんに両手を握られたままで
ふるふると首を振る。それを見た爺ちゃんは
ふむ、と鼻を鳴らした。
「どうして言わない?彼のことが好きなら
ちゃんとそう言わないと」
顔を覗き込む爺ちゃんに、唇を噛み締める。
わたしは彼のことが好きだ。
その気持ちはとっくに見つけている。
だけど、恋をすることも、幸せになること
も、『罪』だと信じてきたわたしは、簡単に
想いを口にすることが出来なかった。
そんなわたしの気持ちなど百も承知なのだ
ろう。爺ちゃんはシワだらけの手でわたしの
手を擦りながら言った。
「彼はやさしい目をしているね」
「うん」
「心がまっすぐで、それゆえに傷つくこと
も多いかも知れない」
「うん」
「だから、佐奈は彼を好きになったんじゃ
ないのかね。彼なら自分を受け止めてくれる。
そう思えたから、こうして彼を待っている」
「……うん」
何もかもを言い当てられて、もう堪えられ
なかった。ぽろぽろと涙を零し始めたわたし
を、爺ちゃんの手がよしよしと叩いてくれる。
わたしは彼を好きで、好きでたまらないの
に踏み出すことが出来ない辛さを吐き出した。
「彼はわたしの心に寄り添うために自分の
心の傷を見せてくれたの。誰かのために自分
の弱さを曝け出せる、やさしさを花束にした
みたいな人だって思った。だから彼に会える
のが嬉しくて、だけど、好きって言えなくて」
「どうして?」
「どうしてって、お兄ちゃんが心春さんの
命を奪ってしまったから。謝っても謝っても、
奪ってしまった命は取り戻せないから。心春
さんは二十歳で命を失って、なのにわたしは
彼女より六年も長く生きてる。そう思う度に
幸せになっちゃいけない、誰かを好きになっ
て愛されたいなんて、思っちゃいけないって」
この八年間、胸に閉じ込めていた想いが涙
と共に溢れ出した。こんな風に、泣くことす
ら許されないと思っていたのだ。
普通の女の子のように笑うことも、泣くこ
とも自分は許されない。だから大学を辞めて、
わたしは自分の夢も人生も捨てた。
そうすることでしか償えないと思っていた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら洟を啜る
わたしに、爺ちゃんは目を閉じて頷く。
そして息を吐き出すと、目を開け、「佐奈」
と名を呼んだ。
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