87 / 127
第四章:絡みつく真実の糸
85
しおりを挟む
「笑っていいんだ。幸せになっていいんだ。
だって佐奈は何も罪を犯していないんだから」
わたしはしゃくり上げながら、首を振る。
わたしは悪くないなんて、言えっこない。
だって、という言葉が喉につかえて口から
出てくれなくて、喉がヒリついた。
「……って、わたしがお兄ちゃんを追い詰
めてしまったからっ、だから」
やっとの思いで声を絞り出すと、爺ちゃん
は何度も首を振った。
「永輝を追い詰めたことが罪だというなら、
娘の暴走を止められなかったワシにも罪があ
る。学歴がすべてじゃないと叱ってやったん
だがね、あの子は少々思い込みが強すぎる感
があって、どうにも止められなかった。本当
にすまなかった」
この通り。
そう付け加えたかと思うと、爺ちゃんが額
をわたしの手の甲に擦りつける。
学歴がすべてという価値観を押し付けた母
は兄の事件で地位も名誉も失った挙句、夫に
預金のほとんどを持ち逃げされ、精神を病ん
でしまったのだ。いまも精神科医療センター
に入院しているが、魂が抜けたように家族の
顔を見ても心を動かさない。
――生きながらに死んでいる。
そんな言葉がしっくりくる娘の姿に、爺ち
ゃんが胸を痛めていないはずがなかった。
爺ちゃんは何も悪くない。
わたしも罪を犯してはいない。
では罪は誰に、何処にあるのだろうか?
考えれば考えるほど答えが見つからなくて、
わけがわからなくなって、わたしは手を握ら
れたまま泣き続けた。
やがて、爺ちゃんが頭を上げる。
すん、と洟を啜るわたしに爺ちゃんは至極
穏やかな声で言った。
「佐奈の言う通り、永輝がしたことは一生
償っても、とても償い切れるものじゃない。
犯罪を止められなかった家族にも責任がある
と言われれば、それを否定することも難しい
だろう。だがね、佐奈。『罪を償う』ことと、
『責任を負う』ことは、似ているようでいて
ちょっと意味が違うんだ」
「……意味が、違う?」
爺ちゃんが何を言わんとしているのかわか
らず、子どものように拗ねた涙声で訊き返す。
爺ちゃんは丸眼鏡の奥の瞳をやんわりと細
めると、小さく頷いた。
「人は罪を犯せばその罰を受けなければな
らない。だから永輝は罪を認め懲役に服した
だろう?だが、責任というのは罪を犯してい
なくても生じてしまう。そして、その責任を
負った家族は、罪を償うのではなく、責任を
果たさねばならないんだ。加害者家族として
の責任をね。それは、永輝のこの先の人生を
見張ることであり、遺族の悲しみに寄り添う
ことであり、自分を罰することではない。
爺ちゃんは知っているよ。心春さんが亡くな
った時刻に、佐奈が毎日祈っていることをね。
彼女の命日には花を買って、手を合わせても
いる」
「……爺ちゃん」
まさか、気付いていると思っていなかった。
だって佐奈は何も罪を犯していないんだから」
わたしはしゃくり上げながら、首を振る。
わたしは悪くないなんて、言えっこない。
だって、という言葉が喉につかえて口から
出てくれなくて、喉がヒリついた。
「……って、わたしがお兄ちゃんを追い詰
めてしまったからっ、だから」
やっとの思いで声を絞り出すと、爺ちゃん
は何度も首を振った。
「永輝を追い詰めたことが罪だというなら、
娘の暴走を止められなかったワシにも罪があ
る。学歴がすべてじゃないと叱ってやったん
だがね、あの子は少々思い込みが強すぎる感
があって、どうにも止められなかった。本当
にすまなかった」
この通り。
そう付け加えたかと思うと、爺ちゃんが額
をわたしの手の甲に擦りつける。
学歴がすべてという価値観を押し付けた母
は兄の事件で地位も名誉も失った挙句、夫に
預金のほとんどを持ち逃げされ、精神を病ん
でしまったのだ。いまも精神科医療センター
に入院しているが、魂が抜けたように家族の
顔を見ても心を動かさない。
――生きながらに死んでいる。
そんな言葉がしっくりくる娘の姿に、爺ち
ゃんが胸を痛めていないはずがなかった。
爺ちゃんは何も悪くない。
わたしも罪を犯してはいない。
では罪は誰に、何処にあるのだろうか?
考えれば考えるほど答えが見つからなくて、
わけがわからなくなって、わたしは手を握ら
れたまま泣き続けた。
やがて、爺ちゃんが頭を上げる。
すん、と洟を啜るわたしに爺ちゃんは至極
穏やかな声で言った。
「佐奈の言う通り、永輝がしたことは一生
償っても、とても償い切れるものじゃない。
犯罪を止められなかった家族にも責任がある
と言われれば、それを否定することも難しい
だろう。だがね、佐奈。『罪を償う』ことと、
『責任を負う』ことは、似ているようでいて
ちょっと意味が違うんだ」
「……意味が、違う?」
爺ちゃんが何を言わんとしているのかわか
らず、子どものように拗ねた涙声で訊き返す。
爺ちゃんは丸眼鏡の奥の瞳をやんわりと細
めると、小さく頷いた。
「人は罪を犯せばその罰を受けなければな
らない。だから永輝は罪を認め懲役に服した
だろう?だが、責任というのは罪を犯してい
なくても生じてしまう。そして、その責任を
負った家族は、罪を償うのではなく、責任を
果たさねばならないんだ。加害者家族として
の責任をね。それは、永輝のこの先の人生を
見張ることであり、遺族の悲しみに寄り添う
ことであり、自分を罰することではない。
爺ちゃんは知っているよ。心春さんが亡くな
った時刻に、佐奈が毎日祈っていることをね。
彼女の命日には花を買って、手を合わせても
いる」
「……爺ちゃん」
まさか、気付いていると思っていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しかない
橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。
幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、
10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく
平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、
ある時を境に夫の病に向かい合うことと
なる。しばらく前から、夫の不可解な
言動に不安を抱いていた波留に医師の口
から告げられた病名は、「若年性認知症」。
――結婚から6年目のことだった。
病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた
らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛
と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦
のハートフルストーリー。
*作者よりひと言*
認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」
を失ってゆく義母を想いながら執筆させ
ていただきました。胸が苦しくなって
しまう部分もあるかと思いますが、同じ
病に苦しむ方々に、何かが伝わればと
思います。
※この物語はフィクションです。
※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay
から選んだものを使用しています。
※参考文献:認知症の私から見える社会
丹野智文・講談社
ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる