88 / 127
第四章:絡みつく真実の糸
86
しおりを挟む
買ってきた花は箪笥の上にそれとなく飾っ
ているだけだし、手を合わせる姿を爺ちゃん
に見られた覚えもない。
けれど、自分がそう思っていただけなのだ
ろう。爺ちゃんはきっと、全部見ていたのだ。
涙を拭えないまま、うん、と頷くと爺ちゃ
んは続けた。
「それで十分だとワシは思うがね、佐奈。
それでももし、お前が悪いと責める人がいた
なら、その時はぜんぶ、ぜんぶ、爺ちゃんが
背負ってやるから。佐奈の心にある『罪』も、
『責任』も、ぜんぶ爺ちゃんが代わりに背負
ってやるから」
その言葉に、止まりかけていた涙が溢れて
しまう。熱い熱い滴が胸を焦がして、わたし
はついに嗚咽を漏らした。
爺ちゃんがポケットから手拭いを取り出し、
立ち上がる。そして涙に濡れたわたしの頬を
拭ってくれる。温かな手拭いからほんのり爺
ちゃんの匂いがして、わたしは拭ってくれる
手を握り締めた。
「だから佐奈。彼が好いてくれているなら、
その手を取りなさい。そして、いままでの分
まで、幸せになりなさい。爺ちゃんは佐奈の
心を動かしてくれた彼が、ありがたくてしょ
うがないんだ。人の痛みがわかる人に出会え
て、本当に良かったとね」
「……うんっ」
上手く笑えていたか、わからなかった。
でも爺ちゃんの目に映る自分が笑えている
ように見えたから、わたしはようやく澄んだ
心で彼を想うことが出来た。
「ありがと、爺ちゃん」
涙を吸い込んで湿った手拭いを、受け取る。
それで顔をきれいに拭うとわたしは言った。
「爺ちゃん」
「なんだい?」
「ちょっといまから買いに行きたいものが
あるんだけど、レジ締め、任せていいかな?」
「構わんが、こんな時間に何を買ってくる
というのかね?」
「うーん、内緒」
突然、出掛けてくると言い出したわたしに、
爺ちゃんが目をまん丸くする。わたしは柱時
計を見やるとエプロンを外し、携帯を手に店
を飛び出した。コートも羽織らず外に出れば、
ひんやりとした冬夜の風に思わず両腕を擦る。
けれど、不思議と心の中は温かかった。
商店街の奥を見やれば、すぐに彼の笑んだ
顔が目に浮かんだ。
まだ、自然食品の店は開いているはずだ。
この間迷って買えなかったハンドクリーム
を買いに行こう。そして、それを彼に渡そう。
あなたが好きだという、わたしの気持ちと
一緒に。
そう思って道を駆け出した、その時だった。
十字路の向こうの電柱に人影が見えた気が
して、わたしはピタリと立ち止まる。そして、
暗がりに隠れるようにしてこちらを見ている
人物の顔を認めた瞬間、掠れた声を漏らした。
「……お兄ちゃん?」
信じられない思いで、その人を凝視する。
ダッフルコートのポケットに手を突っ込み、
マフラーに鼻先を埋めるようにしてこちらを
見ている男性。その顔は、古い記憶の兄より
少しやつれているように見えたけれど、見間
違うはずがなかった。逮捕されたきり一度も
顔を合わせていなかった兄が、そこにいた。
ているだけだし、手を合わせる姿を爺ちゃん
に見られた覚えもない。
けれど、自分がそう思っていただけなのだ
ろう。爺ちゃんはきっと、全部見ていたのだ。
涙を拭えないまま、うん、と頷くと爺ちゃ
んは続けた。
「それで十分だとワシは思うがね、佐奈。
それでももし、お前が悪いと責める人がいた
なら、その時はぜんぶ、ぜんぶ、爺ちゃんが
背負ってやるから。佐奈の心にある『罪』も、
『責任』も、ぜんぶ爺ちゃんが代わりに背負
ってやるから」
その言葉に、止まりかけていた涙が溢れて
しまう。熱い熱い滴が胸を焦がして、わたし
はついに嗚咽を漏らした。
爺ちゃんがポケットから手拭いを取り出し、
立ち上がる。そして涙に濡れたわたしの頬を
拭ってくれる。温かな手拭いからほんのり爺
ちゃんの匂いがして、わたしは拭ってくれる
手を握り締めた。
「だから佐奈。彼が好いてくれているなら、
その手を取りなさい。そして、いままでの分
まで、幸せになりなさい。爺ちゃんは佐奈の
心を動かしてくれた彼が、ありがたくてしょ
うがないんだ。人の痛みがわかる人に出会え
て、本当に良かったとね」
「……うんっ」
上手く笑えていたか、わからなかった。
でも爺ちゃんの目に映る自分が笑えている
ように見えたから、わたしはようやく澄んだ
心で彼を想うことが出来た。
「ありがと、爺ちゃん」
涙を吸い込んで湿った手拭いを、受け取る。
それで顔をきれいに拭うとわたしは言った。
「爺ちゃん」
「なんだい?」
「ちょっといまから買いに行きたいものが
あるんだけど、レジ締め、任せていいかな?」
「構わんが、こんな時間に何を買ってくる
というのかね?」
「うーん、内緒」
突然、出掛けてくると言い出したわたしに、
爺ちゃんが目をまん丸くする。わたしは柱時
計を見やるとエプロンを外し、携帯を手に店
を飛び出した。コートも羽織らず外に出れば、
ひんやりとした冬夜の風に思わず両腕を擦る。
けれど、不思議と心の中は温かかった。
商店街の奥を見やれば、すぐに彼の笑んだ
顔が目に浮かんだ。
まだ、自然食品の店は開いているはずだ。
この間迷って買えなかったハンドクリーム
を買いに行こう。そして、それを彼に渡そう。
あなたが好きだという、わたしの気持ちと
一緒に。
そう思って道を駆け出した、その時だった。
十字路の向こうの電柱に人影が見えた気が
して、わたしはピタリと立ち止まる。そして、
暗がりに隠れるようにしてこちらを見ている
人物の顔を認めた瞬間、掠れた声を漏らした。
「……お兄ちゃん?」
信じられない思いで、その人を凝視する。
ダッフルコートのポケットに手を突っ込み、
マフラーに鼻先を埋めるようにしてこちらを
見ている男性。その顔は、古い記憶の兄より
少しやつれているように見えたけれど、見間
違うはずがなかった。逮捕されたきり一度も
顔を合わせていなかった兄が、そこにいた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しかない
橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。
幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、
10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく
平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、
ある時を境に夫の病に向かい合うことと
なる。しばらく前から、夫の不可解な
言動に不安を抱いていた波留に医師の口
から告げられた病名は、「若年性認知症」。
――結婚から6年目のことだった。
病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた
らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛
と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦
のハートフルストーリー。
*作者よりひと言*
認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」
を失ってゆく義母を想いながら執筆させ
ていただきました。胸が苦しくなって
しまう部分もあるかと思いますが、同じ
病に苦しむ方々に、何かが伝わればと
思います。
※この物語はフィクションです。
※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay
から選んだものを使用しています。
※参考文献:認知症の私から見える社会
丹野智文・講談社
ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる