93 / 127
第四章:絡みつく真実の糸
91
しおりを挟む
「きっと、すみれさんも知らなかったんで
す。兄が隠れて手紙を出したことを。彼女だ
って、二十四時間兄を監視できる訳じゃない。
本当は兄がわたしを恨んでいることを知らな
くて、兄は別人の筆跡を真似た。それで説明
がつきます」
吐き出すように言って肩で息をついた彼女
に、僕は思考を巡らせ、静かに首を振る。
「やっぱり、それはないよ。差出人に自分
の名を書いておきながら別人の筆跡を真似る
意味がわからない」
「……それは、わたしを混乱させたかった
のかも。じわじわと真綿で首を絞めるように
追い詰めたかったとか」
すべて兄がやったという思考から離れない
彼女に、僕は顔を顰める。
すると、彼女は胸に抱えていたらしい懊悩
を口にした。
「背を向ける瞬間、兄が鋭い目を向けたん
です。まるでわたしを刺すみたいな、そんな
目でした」
その言葉に僕はいっそう顔を顰める。
鋭い目を向けたという彼の顔を、僕は見た
訳じゃない。兄に再会した彼女がそう感じた
なら、やはり彼女の言う通りなのだろうか?
「ああ、失敗したなぁ!」
突然、声を上げ両手で顔を覆った僕に、
彼女がびくりと肩を震わせる。卜部さん?と
小声で呼ぶ彼女に、僕は盛大な溜息を吐いた。
「せめて、すみれさんの携帯番号を聞いて
おくべきだった。どうして僕は自分の名刺を
渡しただけで満足したんだろう!」
「ああ、そのこと」
臍を噛む思いで言った僕に彼女は失笑した。
「あの時はすみれさんに会って話を聞けた
だけで、なんだか胸がいっぱいになってしま
って……。わたしもすっかり忘れてました」
ふふ、とようやく笑んでくれた彼女に、僕
は顔を覆っていた手を口まで下ろす。
そして思い出したように、「あ!」とまた
声を上げた。
「今度はなんですか?」
いつもの調子を取り戻した彼女が目を瞠る。
僕は「いや」と口籠ると、視線を落ち着か
なくさせた。
「ごめん、忘れていた訳じゃないんだけど、
心春さんの遺族に会ってきたよ」
そう言うと、瞬時に緩んでいた彼女の顔に
緊張が走った。
「なにか手掛かりを掴めましたか?」
「いや、掴めたというより知られざる事実
を知らされたというか、驚かされたというか」
「知られざる事実???」
手掛かりとはいい難い事実をやんわり仄め
かすと、彼女は早く聞かせろとばかりに僕に
詰め寄った。
僕は母親から聞かされた事実を端的に話す。
心春の兄、当麻卓が雪山で亡くなったこと。
そしてSBUの同僚である貴船菜乃子が実
は、卓の恋人で最期に一緒にいた人であった
こと。それらを話し終えると、僕たちの間に
複雑な沈黙が流れる。
驚きと落胆が入り交じったような目を向け
る彼女に、僕は腕を組み項垂れた。
す。兄が隠れて手紙を出したことを。彼女だ
って、二十四時間兄を監視できる訳じゃない。
本当は兄がわたしを恨んでいることを知らな
くて、兄は別人の筆跡を真似た。それで説明
がつきます」
吐き出すように言って肩で息をついた彼女
に、僕は思考を巡らせ、静かに首を振る。
「やっぱり、それはないよ。差出人に自分
の名を書いておきながら別人の筆跡を真似る
意味がわからない」
「……それは、わたしを混乱させたかった
のかも。じわじわと真綿で首を絞めるように
追い詰めたかったとか」
すべて兄がやったという思考から離れない
彼女に、僕は顔を顰める。
すると、彼女は胸に抱えていたらしい懊悩
を口にした。
「背を向ける瞬間、兄が鋭い目を向けたん
です。まるでわたしを刺すみたいな、そんな
目でした」
その言葉に僕はいっそう顔を顰める。
鋭い目を向けたという彼の顔を、僕は見た
訳じゃない。兄に再会した彼女がそう感じた
なら、やはり彼女の言う通りなのだろうか?
「ああ、失敗したなぁ!」
突然、声を上げ両手で顔を覆った僕に、
彼女がびくりと肩を震わせる。卜部さん?と
小声で呼ぶ彼女に、僕は盛大な溜息を吐いた。
「せめて、すみれさんの携帯番号を聞いて
おくべきだった。どうして僕は自分の名刺を
渡しただけで満足したんだろう!」
「ああ、そのこと」
臍を噛む思いで言った僕に彼女は失笑した。
「あの時はすみれさんに会って話を聞けた
だけで、なんだか胸がいっぱいになってしま
って……。わたしもすっかり忘れてました」
ふふ、とようやく笑んでくれた彼女に、僕
は顔を覆っていた手を口まで下ろす。
そして思い出したように、「あ!」とまた
声を上げた。
「今度はなんですか?」
いつもの調子を取り戻した彼女が目を瞠る。
僕は「いや」と口籠ると、視線を落ち着か
なくさせた。
「ごめん、忘れていた訳じゃないんだけど、
心春さんの遺族に会ってきたよ」
そう言うと、瞬時に緩んでいた彼女の顔に
緊張が走った。
「なにか手掛かりを掴めましたか?」
「いや、掴めたというより知られざる事実
を知らされたというか、驚かされたというか」
「知られざる事実???」
手掛かりとはいい難い事実をやんわり仄め
かすと、彼女は早く聞かせろとばかりに僕に
詰め寄った。
僕は母親から聞かされた事実を端的に話す。
心春の兄、当麻卓が雪山で亡くなったこと。
そしてSBUの同僚である貴船菜乃子が実
は、卓の恋人で最期に一緒にいた人であった
こと。それらを話し終えると、僕たちの間に
複雑な沈黙が流れる。
驚きと落胆が入り交じったような目を向け
る彼女に、僕は腕を組み項垂れた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しかない
橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。
幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、
10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく
平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、
ある時を境に夫の病に向かい合うことと
なる。しばらく前から、夫の不可解な
言動に不安を抱いていた波留に医師の口
から告げられた病名は、「若年性認知症」。
――結婚から6年目のことだった。
病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた
らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛
と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦
のハートフルストーリー。
*作者よりひと言*
認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」
を失ってゆく義母を想いながら執筆させ
ていただきました。胸が苦しくなって
しまう部分もあるかと思いますが、同じ
病に苦しむ方々に、何かが伝わればと
思います。
※この物語はフィクションです。
※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay
から選んだものを使用しています。
※参考文献:認知症の私から見える社会
丹野智文・講談社
ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる