罪の在り処

橘 弥久莉

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第五章:罪の在り処

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 信号が変わり、前の車が走り出す。
 わたしは咄嗟にシートベルトを外し、ドア
ノブに手を掛けた。

 「おっと、逃げんなよ。逃げれば早川永輝
の命はないからな」

 嘲笑うかのように言った彼を、振り返る。
 振り返った瞬間、急発進した車の遠心力で
わたしの体はシートに押し付けられた。

 「もしかして、あなたが兄を!?」

 その問いは、愚問だと言わざる負えない。
 彼はまたくつくつと不気味に笑うと、ちら、
と視線を向け「正解」と言った。

 「狙い通りのこのこ姿を現してくれて助か
ったよ。お兄ちゃん風吹かせて妹を守ろうと
したんだな。人の妹を殺しておきながらいい
気なもんだ」

 兄は自ら行方をくらませたのではなかった。

 彼に捕まり、連れ去られたのだ。おそらく、
自分の名を語った不審な手紙がわたし宛に届
いたことをすみれさんから聞き、わたしの身
を案じて様子を見に来てくれたのだろう。

 けれど、その姿をわたしに見つかった兄は
咄嗟に逃げてしまった。合わせる顔がないか
らと、長年自分の居場所を告げなかった兄だ。
突然の再会に尻込みしてしまったに違いない。

 わたしは兄に恨まれていなかった。
 すみれさんが言ってたことは、本当だった。

 こんなことになって初めてそう信じること
が出来たというのに、無情にも事態は最悪な
方へと転がり始めている。

 わたしは細く息を吐き呼吸を整えると、彼
に訊いた。

 「……兄は無事なんですか?あなたの目的
は何?わたしをどこへ連れていこうとしてる
んですか?」

 取り乱すことなく冷静に質問を投げかける
と、彼、当麻卓は鼻で嗤う。

 「さすが殺人鬼の妹だな。肝が据わってる。
心配しなくてもあいつは生きてるよ。いまか
ら会わせてやる。が、その前に携帯をこっち
に寄越せ。持ってるだろ」

 言いながら、すっ、と手を差し出す。
 携帯の電波から居所を突き止められること
を防ぐつもりだろう。わたしは鞄から通話用
の携帯を取り出すと、黙って彼に差し出した。

 「やけに素直だな。他にも隠し持ってるな
ら出せよ。さもないと……」

 脅すように声音を低くした彼に、わたしは
小さく首を振る。

 「携帯はそれだけです。あの店の売り上げ
を知ってるならうちの家計に余裕がないこと
も知ってますよね。それにあなたに逆らえば
兄の命はない。兄の命を少しでも危険に晒す
ような真似は出来ない。たとえ、自分が命を
落としたとしても」

 臆することなく強い眼差しを向けそう答え
ると、彼は口をへの字にして頷いた。

 「なるほど、殊勝な心掛けだ。お兄ちゃん
の命が最優先か。美しき兄弟愛だ」

 ドアウィンドウを開け、手にしていた携帯
を投げ捨てる。走行中の車から放られた携帯
はアスファルトを転がり、破片を散らしなが
ら後続車に踏み潰された。
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