罪の在り処

橘 弥久莉

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第五章:罪の在り処

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 「それでもまだ偽のイベント企画書がある。
警察は、あなたを追い続けるんじゃないの?
簡単に逃げ切れるかしら?」

 不敵に笑う彼をなじるように言うと、当麻
卓は大きく息をついた。そして吐き出すよう
に言った。

 「完全犯罪である必要はないんだ」

 「えっ?」

 開き直ったように言う彼に、わたしは訳が
わからず眉を寄せる。すると彼は、首筋に刃
をあてたままでわたしの耳に唇を寄せた。

 「この国の闇を知らないらしいな。果敢に
推理に挑んでくれた礼に、復讐計画の全貌を
聞かせてやるよ。いいか、俺はこれから早川
永輝の前で君を殺す。あいつが返り血に染ま
るようにして、君の首を掻っ切るんだ。この
包丁にはヤツの指紋がべったりついていてね。
仮釈中に逃走した殺人犯が妹の惨殺死体と共
に発見され、捕まる。殺害の動機は大学受験
の際に体面を傷つけられたという、逆恨みだ。
それで十分なんだよ。これだけの状況証拠が
あればたとえ偽のイベント企画書が残ってい
ようと、『浅利伴人』の影が残っていようと、
警察は勝手に筋書きを作り、それに合わせて
証拠を揉み消してくれる。起訴の決め手とな
るのはほとんどが自白だ。『お前がやったん
だろう!?』。連日のように問い詰められた
コイツは身に覚えのない犯行を認めるだろう。
更生の余地はないと判断した裁判官は、極刑
を言い渡す。刑の執行まではまあ、十年から
十五年かかるだろうが、それくらいは許して
やるよ。苦しんで、苦しんで、苦しんで死ね」

 片手をすっと前に伸ばし紙をシュレッダー
にかける仕草をして見せた彼は、わたしを逃
がさぬよう、また肩を抱き込む。

 彼が語った復讐計画は確かに完全犯罪とは
言えず、けれど、全貌を聞かされたわたしは
不覚にも納得してしまった。

 有罪率九十九.九%という刑事裁判の裏側
に、いくつもの『冤罪』が埋もれている。
そんな記事を、いつか目にした記憶があった
からだ。

 まさか自分が当事者の立場になるとは思っ
てもみなかったけれど。現実逃避のようにそ
う考えていると、ふっ、と彼が息を漏らした。

 「それにしても、卜部とかいう男に刑事の
お友達がいたとはな。あの手紙を手に母親を
訪ねると聞いた時はさすがに驚いたよ。加害
者家族の交流会で知り合った彼が、川に身を
投げた君を命がけで救い、二人が恋に落ちる。
まるで質の悪い恋愛ドラマを見せられてるよ
うだった。自分の立場を忘れて浮かれている
ようだったから、すぐにプレゼントを贈って
やったんだ。なかなか素敵な贈り物だったろ
う?鴉の死骸」

 なにもかも聞かれていたのだ。
 彼と交わした言葉も、心を通じた瞬間も、
盗聴器を通して彼は見ていた。

 そのことが恐ろしくて、悔しくて、わたし
は拳を握り締める。
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