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第三部:白いシャツの少年
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今週末、両家の顔合わせが決まった。
御堂が予約した洋食屋で、侑久の合格を
祝った直後にそのことを告げられたのだ。
「今週末って、4日後じゃないですか?
いくらなんでも、性急過ぎやしませんか?」
自分への相談もなしに、その日が決めら
れてしまったことを理不尽に思いながら顔
を顰めた千沙に、けれど御堂は穏やかに
笑って言った。
「あなたの都合も聞かず決めてしまっ
てすみません。ですが、理事長もその日が
いいと言ってくれましてね。それに、母が
少しでも早くあなたに会いたいと言って
いるんです。できれば、年内に顔合わせ
を済ませて、正月には親族の集まりで
あなたを紹介したいのだと」
その言葉に、千沙は退路を断たれたよう
な心地でごくりと唾を飲む。
――親族へ紹介?
そんなことをされれば、否が応でもこの
結婚から自分は逃げられなくなってしまう。
一瞬、そう思って表情を止めた千沙だっ
たが、「婚約指輪はその時に」という
トドメのひと言で、完全に逃げ道を失った
のだった。
昇降口へ続く廊下を一人、歩きながら
尚もぼんやりと考える。
両家の顔合わせを終え、親族への紹介を
済ませ、晴れて婚約者となった自分が
彼の妻となる日は、そう遠くないだろう。
もしかしたら、花嫁姿で御堂の隣に立つ
自分を、侑久が祝福する日が来るかも
知れない。
「おめでとう、ちぃ姉」
そんな残酷な言葉をかけられたら、果た
して自分は笑っていられるのだろうか?
その光景を想像し、ずん、と胸が重くな
ってしまった千沙は、失笑した。
こういうのをマリッジブルー、というの
だろうか?いや、違う。マリッジブルー
というのは、幸せで満たされているはず
の花嫁が、突如不安に陥ってしまうこと
を言うのだ。自分はそうではない。
「いい加減、覚悟を決めないと……」
そう呟き、深くため息をつこうとした
千沙は、次の瞬間、廊下と昇降口の境目
にある低い段差を踏み外し、思いっきり
倒れ込んでしまった。
「ひゃ……っ!!!」
びたん、と、ヒキガエルのように両手、
両足を伸ばして三和土※に身体を打ち付け
てしまう。カシャン、と音をさせて眼鏡
が飛んでいったが、幸い、肩から掛けて
いた鞄がクッションとなり、顔を打つこ
とはなかった。が、落ちた瞬間、右足首
に激痛が走った。グキ、と嫌な音が耳の
中に聞こえて、千沙は痛みに顔を歪めた。
「いっ……たぁ……」
転んでしまったショックと激痛と、
羞恥心。
こんなみっともないところを誰かに見
られでもしたら、顔から火が出てしまう。
そう思いながらのそりと顔を上げ、周囲
を見回した時だった。
「……高山先生!?」
下駄箱の向こうから聞き慣れた声がして、
千沙は文字通り、顔から火が出てしまった。
※玄関や台所などの、コンクリートで
固められた土間のこと。
御堂が予約した洋食屋で、侑久の合格を
祝った直後にそのことを告げられたのだ。
「今週末って、4日後じゃないですか?
いくらなんでも、性急過ぎやしませんか?」
自分への相談もなしに、その日が決めら
れてしまったことを理不尽に思いながら顔
を顰めた千沙に、けれど御堂は穏やかに
笑って言った。
「あなたの都合も聞かず決めてしまっ
てすみません。ですが、理事長もその日が
いいと言ってくれましてね。それに、母が
少しでも早くあなたに会いたいと言って
いるんです。できれば、年内に顔合わせ
を済ませて、正月には親族の集まりで
あなたを紹介したいのだと」
その言葉に、千沙は退路を断たれたよう
な心地でごくりと唾を飲む。
――親族へ紹介?
そんなことをされれば、否が応でもこの
結婚から自分は逃げられなくなってしまう。
一瞬、そう思って表情を止めた千沙だっ
たが、「婚約指輪はその時に」という
トドメのひと言で、完全に逃げ道を失った
のだった。
昇降口へ続く廊下を一人、歩きながら
尚もぼんやりと考える。
両家の顔合わせを終え、親族への紹介を
済ませ、晴れて婚約者となった自分が
彼の妻となる日は、そう遠くないだろう。
もしかしたら、花嫁姿で御堂の隣に立つ
自分を、侑久が祝福する日が来るかも
知れない。
「おめでとう、ちぃ姉」
そんな残酷な言葉をかけられたら、果た
して自分は笑っていられるのだろうか?
その光景を想像し、ずん、と胸が重くな
ってしまった千沙は、失笑した。
こういうのをマリッジブルー、というの
だろうか?いや、違う。マリッジブルー
というのは、幸せで満たされているはず
の花嫁が、突如不安に陥ってしまうこと
を言うのだ。自分はそうではない。
「いい加減、覚悟を決めないと……」
そう呟き、深くため息をつこうとした
千沙は、次の瞬間、廊下と昇降口の境目
にある低い段差を踏み外し、思いっきり
倒れ込んでしまった。
「ひゃ……っ!!!」
びたん、と、ヒキガエルのように両手、
両足を伸ばして三和土※に身体を打ち付け
てしまう。カシャン、と音をさせて眼鏡
が飛んでいったが、幸い、肩から掛けて
いた鞄がクッションとなり、顔を打つこ
とはなかった。が、落ちた瞬間、右足首
に激痛が走った。グキ、と嫌な音が耳の
中に聞こえて、千沙は痛みに顔を歪めた。
「いっ……たぁ……」
転んでしまったショックと激痛と、
羞恥心。
こんなみっともないところを誰かに見
られでもしたら、顔から火が出てしまう。
そう思いながらのそりと顔を上げ、周囲
を見回した時だった。
「……高山先生!?」
下駄箱の向こうから聞き慣れた声がして、
千沙は文字通り、顔から火が出てしまった。
※玄関や台所などの、コンクリートで
固められた土間のこと。
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