恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「では、後ほどお迎えにあがります」

 漆黒のセンチュリーから降り立った紫月
に、専属の運転手である景山が運転席から
顔を覗かせる。

 「ええ。食事が終わったらすぐに連絡す
るわ」

 にこりと人の好い笑みを向ける景山に、
そう言って軽く手を振ると、紫月は滑るよう
に走り出した車を見送った。

 そうして、見覚えのある、ホテルのロビー
に目を向ける。

 今日は月城玲、その人との顔合わせの日
で、紫月はいま、彼に指定されたホテルの
前に立っている。のだが……

 彼が指定したそのホテルは、つい先日訪れ
たばかりの場所だった。

 そう。あの日、一久と最後に会ったあの
ホテルは、ステイゴールド系列のホテルだっ
たのだ。

 そのことに気付いたのは、父伝てにこの
ホテルの最上階のレストランを予約してある
と聞かされた時で……紫月は、奇妙な偶然に
驚きつつ、何となく不思議な心持でホテルの
前に降り立ったのだった。

 さら、と、下ろしたままの髪が風に揺れる。

 一久と最後に会った時とは違う、けれど、
品のあるオフホワイトのワンピースに身を
包み、紫月はぴんと背筋を伸ばしている。



-----どうして自分は彼に選ばれたのか。



 その理由が知りたい。

 紫月は眩い光が溢れるそのロビーを抜ける
と、彼の待つレストランへと向かった。







 「お待ちしておりました、秋元様。お席ま
でご案内致します」

 レストランのフロントで名前を告げると、
黒いスーツに身を包んだウエイターが一礼し、
すぐに席まで案内してくれた。

 ほどよく照明の落とされた雰囲気の良い空間
を、案内されるまま進んでゆく。

 やがて、黒い背中の向こうに、それらしき
人物がこちらを向いているのが見えた。

 「こちらです」

 テーブルを前にウエイターが身を翻すと、
塞がれていた視界の向こうから美しいブロン
ドヘアの男性が現れる。



-----眉目秀麗びもくしゅうれい



 席を立ち、綺麗な傾斜角で一礼したその
人を目にした瞬間、紫月の頭にはそんな
言葉が浮かんだ。

 「月城玲と申します。今日はお会いできて、
大変光栄です」

 彼が口にする言葉が日本語であることに
一瞬、違和感を覚えてしまったが、その声
はすっと耳に馴染むように柔らかで、心地
よい。紫月は僅かに緊張した面持ちで会釈
した。

 「秋元紫月と申します。こちらこそ、お目に
かかれて光栄です」

 そう言って頭を上げると、彼は満面に喜色きしょく
を浮かべながら頷き、「どうぞ」と、紫月に
腰かけるよう促した。ウエイターが椅子を
引き、紫月をサポートする。
 互いに席につき、顔を合わせるとウエイ
ターが革張りのメニューを広げて見せた。

 「お先にお飲み物をどうぞ」

 「……では、ラ・キュヴェを」

 紫月はメニューを一瞥し、さらりとそう
答えた。

 ラ・キュヴェは食前酒に適したシャンパン
だ。厳選したシャルドネを使用している、
英国王室御用達のシャンパンでもある。

 彼がイギリス出身であることを意識して、
紫月はそれを選んだ。
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