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第一部:恋の終わりは
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「かしこまりました」
そう言ってウエイターが彼に目配せをする
と、「僕も同じものを」と、スマートな返事
が聞こえてくる。同様の言葉を口にし、ウエ
イターが去ってゆくと、月城玲はテーブルに
両肘をつき、うっとりとした表情で紫月を
見つめた。
「……まさか、本当に会っていただけると
は思っていなかったので、少々浮かれていま
す。僕が何者であるか、その説明は要りませ
んね」
まるで恋をしているかのような、眼差し
だった。
斜め前の、窓側の席で一久が自分に向けて
いたそれとは、随分違う。紫月はそのことに、
戸惑いながらも、ええ、と頷いた。
「あなたのことは、釣書を見る必要も
ないほどに、存じ上げています。ですが、
どうしてこのようなご縁をいただけたのか、
それが不思議なんです。その……先の縁談が
破談になったことは、どちらで?」
初対面で、まだ幾ばくも話していない相手
にそう問いかけるのは、不躾かも知れなかった。
けれど、訊かずにはいられない。
人の口に戸は立てられないが、そうだとし
ても、その情報を耳にするのが、少し早い気
がする。
向けられる眼差しを真っすぐに受け止めな
がら答えを待つ紫月に、彼は目を細めると
僅かに小首を傾げた。
そうして、徐に口を開いた。
「好きなんです。創立記念パーティーで
あなたを見たときからずっと、わたしはあなた
が好きでした。だから、どちらにも、愛がない
と思っているのは………あなただけなんです」
彼が口にしたその言葉に、紫月は思わず息
を呑む。
なぜ、そのセリフを彼が暗唱できるのか。
答えは、訊くまでもなかった。
「あの夜、この店にいたんですね?」
僅かに、声に怒気を含ませ眉を寄せる。
すると彼は肩を竦め、小さく頷いた。
「偶然ね。僕はこの席でたまたま取引先の方
と会食をしていたんです。あなたは、その彼と
窓側の席で話をしていた。会話の内容がすべて
聞こえたわけではありませんが、断片的に聞こ
えた内容と、二人の間に流れる空気を悟れば、
その関係が終わりを告げることくらい容易に
想像できる。ですが……」
そこで言葉を途切って、紫月の目を覗き
込んだ。
「たったいま、僕が暗唱したあなたのセリ
フは、僕自身の気持ちでもあるんです」
その言葉に紫月は目を見開き、はっとする。
まさか、とは思うが……
彼の言葉が意味することは、一つしかなか
った。
紫月はごくりと唾を呑んで、口を開いた。
「もしかして、私たちは今日が初対面では
ない、ということですか?あなたも、サカキ
の創立記念パーティーに?」
紫月の問いかけに彼は口角を上げ、やんわ
りと微笑む。その表情に小さく鼓動がなった
が、紫月は気に留めなかった。
そう言ってウエイターが彼に目配せをする
と、「僕も同じものを」と、スマートな返事
が聞こえてくる。同様の言葉を口にし、ウエ
イターが去ってゆくと、月城玲はテーブルに
両肘をつき、うっとりとした表情で紫月を
見つめた。
「……まさか、本当に会っていただけると
は思っていなかったので、少々浮かれていま
す。僕が何者であるか、その説明は要りませ
んね」
まるで恋をしているかのような、眼差し
だった。
斜め前の、窓側の席で一久が自分に向けて
いたそれとは、随分違う。紫月はそのことに、
戸惑いながらも、ええ、と頷いた。
「あなたのことは、釣書を見る必要も
ないほどに、存じ上げています。ですが、
どうしてこのようなご縁をいただけたのか、
それが不思議なんです。その……先の縁談が
破談になったことは、どちらで?」
初対面で、まだ幾ばくも話していない相手
にそう問いかけるのは、不躾かも知れなかった。
けれど、訊かずにはいられない。
人の口に戸は立てられないが、そうだとし
ても、その情報を耳にするのが、少し早い気
がする。
向けられる眼差しを真っすぐに受け止めな
がら答えを待つ紫月に、彼は目を細めると
僅かに小首を傾げた。
そうして、徐に口を開いた。
「好きなんです。創立記念パーティーで
あなたを見たときからずっと、わたしはあなた
が好きでした。だから、どちらにも、愛がない
と思っているのは………あなただけなんです」
彼が口にしたその言葉に、紫月は思わず息
を呑む。
なぜ、そのセリフを彼が暗唱できるのか。
答えは、訊くまでもなかった。
「あの夜、この店にいたんですね?」
僅かに、声に怒気を含ませ眉を寄せる。
すると彼は肩を竦め、小さく頷いた。
「偶然ね。僕はこの席でたまたま取引先の方
と会食をしていたんです。あなたは、その彼と
窓側の席で話をしていた。会話の内容がすべて
聞こえたわけではありませんが、断片的に聞こ
えた内容と、二人の間に流れる空気を悟れば、
その関係が終わりを告げることくらい容易に
想像できる。ですが……」
そこで言葉を途切って、紫月の目を覗き
込んだ。
「たったいま、僕が暗唱したあなたのセリ
フは、僕自身の気持ちでもあるんです」
その言葉に紫月は目を見開き、はっとする。
まさか、とは思うが……
彼の言葉が意味することは、一つしかなか
った。
紫月はごくりと唾を呑んで、口を開いた。
「もしかして、私たちは今日が初対面では
ない、ということですか?あなたも、サカキ
の創立記念パーティーに?」
紫月の問いかけに彼は口角を上げ、やんわ
りと微笑む。その表情に小さく鼓動がなった
が、紫月は気に留めなかった。
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