恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「僕のために紫月がどんな服を選んで
くれるのか見たかったから、あえて言わな
かったんだ。何を着ていても、君は綺麗だ
ろうけどね。そのピンクのスカート、よく
似合ってるよ」

 さらりと歯の浮くようなお世辞を言って
のける彼に、紫月は一瞬、どんな顔をして
いいかわからなくなる。

 お気に入りのスカートが似合うと言われ
れば悪い気はしないし、もしかしたら本心
からの言葉かも知れないと思えば、何だか
胸の奥がくすぐったい。

 紫月は彼の視線から逃れるように横を
向くと、「そう、ありがと」と、ぼそり
と言った。

 そのまま、寄り添いながら夜道を歩く
と、まもなく、地下鉄の看板が見えてくる。

 二人は吸い込まれるように地下へと
続く階段を下り、改札をくぐるとホーム
に立った。

 普段は景山が送り迎えをしてくれるから、
紫月が電車に乗るということ自体がめずら
しい。

 ゴゥ、という音と共に向かいのホームに
電車が入ってくると、独特の匂いと湿気を
含んだ風が長い髪を揺らした。さりげなく、
少し乱れた髪を掻き上げながら、紫月は
すぐ側にある売店を見やった。

 限られたスペースに、溢れんばかりの
商品が陳列されている。一人の男性が
冷蔵庫から飲み物を取り出し、店員の女性
にお金を払っていた。

 何げなくその光景を見ていた紫月は、ふと、
男性の足元に束ねてある新聞の見出しを見つ
け、ぎくりとする。丸く折り畳まれた、
スポーツ新聞の見出し。

 ほんの一部分しか見えないが、そこには
「サカキグループ吸収合併か?」の文字が
あった。

 紫月は、その見出しを見つけた瞬間、
キリと心臓が軋むような痛みを覚え、
思わず胸に手をあてた。

 「……どうかした?」

 その様子に気付いたらしいレイが、紫月
の視線を辿る。そうして、すぐに彼もその
見出しを見つけた。紫月はレイを見上げて
言った。

 「今、初めて知ったわ。あれきり、彼とは
連絡を取ってなかったから。でも、そうよね。
安永の後ろ盾がなくなったんだもの。彼に
残された選択肢は、これしかなかったんだわ」

 苦渋の色を浮かべ、紫月は唇を噛む。

 どうしてこうなることを予測できなかった
のか?少し考えれば、わかったはずだ。

 けれど、自分は彼を自由にすることだけで、
精一杯だった。彼のためにも、自分のために
も、ああするより他はなかったのだ。

 彼はおそらく、専務の職を辞するのだろう。

 責任感の強い人だ。父親に甘え、その地位に
甘んじるはずがない。

 「彼のことが心配?」

 目の前にレイがいることすら忘れ、さま
ざまな想いを巡らせていた紫月の顔を覗く。
 向けられる眼差しは寂しげに歪み、口元に
は笑みが浮かんでいた。
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