恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 そうして、運転席のシートへと腰かけた
レイを向く。紫月には真っ先に伝えなけれ
ばならないことがあった。

 「この間は、ありがとう。あなたが部屋
まで運んでくれたって、母から聞いて驚い
たわ。ごめんなさい。とても、重かったで
しょう?」

 セルフフレームの眼鏡をかけている、
彼の横顔を覗く。車の運転をするときは、
いつも眼鏡をかけるのだろうか?整った
顔立ちにボストン型のフレームがよく
似合っている。

 レイはくすりと笑うと、紫月の頭にぽん、
と、手の平をのせた。

 「ぜんぜん、重くなかったよ。むしろ、
軽すぎてビックリした。やっぱり、飲み慣れ
ない紫月にあの冷酒は強かったね。でも、
眠ってくれたお陰で、僕は紫月の可愛い寝顔
を拝ませてもらえたし、部屋まで送り届ける
っていう口実で、堂々と抱きしめることもで
きた。僕の方が礼を言いたいくらいだ」

 抱きしめる、だなんて……

 そんな言い方をされると、どんな顔をすれ
ばいいかわからなくなってしまう。紫月は、
彼の真っ直ぐな瞳を受け止め切れずに前を
向くと、淡く笑みを浮かべ俯いた。

 「……さて、出発しようか」

 その様子を横目でちらりと見ると、レイ
はプッシュボタン式のスターターを押した。

 エンジンに火が入るのと同時に、セーフ
ティベルトのガイドアームが伸びてくる。

 紫月はカチリとベルトを締めると、さり
げなく車内を観察した。軽やかに走り出し
たコンチネンタルGTの車内は、天然木と
本革を惜しげなく使用したラグジュアリー
な仕立てで、彼が握る革巻きのハンドル
も比較的径が大きいように感じる。

 そして、ハンドルの中央には、頭文字
の“B”に翼が生えた、ベントレーのシン
ボルマーク。

 おそらく、数千万円はするであろう
この高級車のハンドルを握る彼は、世界
でも有数のホテル王なのに、それを鼻に
かけるようなことは、まったくなかった。

 現に、今日もジーパンにベージュの
ジャケット。その下のインナーは、たぶ
ん、おでんを食べに行った時と同じもの
だ。それらがブランド物かどうかは、
一見しただけではわからないが、何とな
く、紫月は彼が高級品にこだわっている
わけではないのだと理解していた。

 「どうした、紫月。大人しいね。もしか
して車酔いしてる?」

 そんなことを考えていた紫月の耳に、
レイの声が飛び込んでくる。彼は前を
向いているが、ちらちらと自分の様子
を窺っている。紫月は、くすりと笑っ
て、小さく首を振った。

 「ううん。ちょっと考え事していただけ」

 「考え事?なにを?」

 そう問いかけるレイの目は、笑んでいる。

 どんな話が紫月の口から聞けるのか?
 愉しんでいる感じだった。紫月は少しだけ
考えると、訥々とつとつと話し始めた。
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