恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「彼ならきっと、あなたのことを大事に
してくれると思うわ。家柄とか、財産とか、
そういったものが何もなかったとしても、
彼はあなたを選んだ気がするの。だから…」



-----“彼”のことは、早く忘れなさい。



 そのひと言は口にしなかったが、母が
言葉を飲み込んだことで、紫月は暗に悟る。

 紫月はまた小さく頷き、笑みを浮かべた。

 彼に会う機会は、あと2回残っている。
 そうして、その2回のデートをとても楽し
みにしている自分がいた。

 「大丈夫、心配しないで。ちゃんと考えて、
二人にとって最良の答えを出すわ」

 そう言ってティーカップに手を伸ばすと、
母は頷いて、ぽん、と軽く紫月の肩を叩いた。

 そうして、立ち上がる。
 
 キッチンへ戻って行く母の背中越しに
時計を見やれば、家を出る時間まであと
30分だった。紫月は焼き立てのトーストに
かじりついた。



-----次はいつ会えるのだろう?



 そんなことを思いながら朝食を済ませる
と、急いで化粧をし、家を出たのだった。







 “土曜は朝9時に車で迎えに行く。
 今回は汚れてもいいような、軽装で
来るように”



 というメールが彼から届いたのは、
その日の夜のことだった。

 仕事を終え、帰宅した紫月が携帯の液晶
画面を確認すると、メールのアイコンに①
の表示。彼からのメールだ、と、半ば確信
しながらフォルダーを見れば、タイトルに
は“二日酔いは大丈夫だった?”の、ひと言。

 その一文に目を細め、本文を読んだ紫月
は、すぐさま首を傾げてしまった。

 「軽装???」

 今回も、どこへ行くのかは書かれてい
ない。けれど、何となくこの一文から、
彼の意図を悟ることはできた。

 レイはきっと、また自分に新たな経験を
させてくれるつもりなのだろう。ピーター
パンがウェンディの手を引いてネバーラン
ドへ飛び立つように、彼は自分を新しい
世界へと導いているような気がする。

 だから、紫月は何も聞かずに“わかった
わ。二日酔いは大丈夫よ”と、短い返事を
送ったのだった。




-----そうして迎えた、当日。



 “軽装で”というレイの指示通り、ジーパン
に白のパーカーを合わせ、それに紺色のジャ
ケットを羽織った紫月は、白のコンチネン
タルGTの車窓越しに手を振ったレイを見つ
け、門の外へと続く階段を駆け下りた。

 「おはよう。やっぱり、紫月は何を着て
も似合うね。白のパーカーもいい感じだよ」

 開口一番にそう言って、レイが助手席の
ドアを開ける。紫月は彼の言葉に白い歯を
見せると、「ありがと」と言って車に乗り
込んだ。
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