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第一部:恋の終わりは
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これから何時間もかかるようなら、
途中でサービスエリアに寄って欲しい。
そう口にしようとした紫月に、レイは
あっさりと行き先を告げた。
「行き先は長野の上伊那郡だよ。
そこにうちが経営する農場があるんだ。
ステイゴールド直営のレストランには、
自社生産の無農薬野菜を使うのがこだわ
りでね。実は日本だけじゃなく、イギリ
ス、フランス、アメリカ、カナダ、ベル
ギーなんかにも農場を持ってるんだ。
だから今日は、新鮮で美味しい無農薬野
菜を紫月と収穫して、その場で食べよう
かなと思ってる。題して“作物収穫デート”。
どうかな?」
-----おでんの次は、作物収穫デート。
やはり紫月の予想通り、彼のデート
プランはホテル王らしからぬ、けれど、
どこか温かみのある彼らしいものだった。
軽装で、と、言われた時から、山登り
とかハイキングのようなものを連想して
いたのだけど……
紫月は愉しくて仕方ないという様子で、
ハンドルを握っているレイを向いた。
「素敵ね。ステイゴールドの農場なん
て。私、畑で野菜の収穫なんて初めてよ」
無論、それを承知で彼はこのデートを
提案したのだろう。そう言って口元に
笑みを浮かべた紫月に、レイは満足そう
に頷いた。
「だと思った。今の時期だと、白菜、
大根、人参、サツマイモ、ホウレンソウ、
芽キャベツなんかが採れるんじゃないかな。
農場の藤井さんに連絡を入れてあるし、
キッチンを借りてバーニャカウダで新鮮
な野菜をいただこう」
「キッチンを借りる、って、あなたが
料理してくれるの?」
バーニャカウダと言えば北イタリアを
代表する郷土料理で、たっぷりのニンニク
とアンチョビ、オリーブオイルで作った
ソースに野菜をディップして食べるお手軽
料理だ。けれど、「料理なら私に任せて!」
と胸を張れるほど、紫月は料理が得意では
ない。彼の隣に立って、サポートするくら
いなら出来るだろうけど……
危なっかしい包丁さばきを見られるの
は、ちょっと恥ずかしい。
「料理と呼べるほど大それたものを作る
つもりじゃないけど、基本的に僕は自炊派
だから、大抵のものはレシピを見れば作れ
るよ。今日はお手製のソースを持って来て
るんだ。だから、野菜を切るだけで簡単に
食べられる」
つい、と、レイが親指で後部座席を指差
す。その指先をたどれば、彼の荷物らしき
黒いリュックが置いてある。
何が入っているのだろうか?
リュックは結構膨らんでいる。
「あなたのお手製ソースで、新鮮な野菜
が食べられるなんて、楽しみだわ。あと、
どれくらいで現地につくの?」
「そうだな、まだ3時間はかかるだろう
から、関越辺りでサービスエリアに寄ろう
か。そこで一息つけば、農場までは1時間
ちょっとだよ」
そう言ってレイがアクセルを踏み込む。
車はさらにスピードを増し、走っていた
長い長いトンネルを一気に抜ける。突然、
ぱっ、と視界が開け、紫月は眩しさに目
を細めた。
ところどころ紅葉の色を残した山々が、
両側に広がっている。
途中でサービスエリアに寄って欲しい。
そう口にしようとした紫月に、レイは
あっさりと行き先を告げた。
「行き先は長野の上伊那郡だよ。
そこにうちが経営する農場があるんだ。
ステイゴールド直営のレストランには、
自社生産の無農薬野菜を使うのがこだわ
りでね。実は日本だけじゃなく、イギリ
ス、フランス、アメリカ、カナダ、ベル
ギーなんかにも農場を持ってるんだ。
だから今日は、新鮮で美味しい無農薬野
菜を紫月と収穫して、その場で食べよう
かなと思ってる。題して“作物収穫デート”。
どうかな?」
-----おでんの次は、作物収穫デート。
やはり紫月の予想通り、彼のデート
プランはホテル王らしからぬ、けれど、
どこか温かみのある彼らしいものだった。
軽装で、と、言われた時から、山登り
とかハイキングのようなものを連想して
いたのだけど……
紫月は愉しくて仕方ないという様子で、
ハンドルを握っているレイを向いた。
「素敵ね。ステイゴールドの農場なん
て。私、畑で野菜の収穫なんて初めてよ」
無論、それを承知で彼はこのデートを
提案したのだろう。そう言って口元に
笑みを浮かべた紫月に、レイは満足そう
に頷いた。
「だと思った。今の時期だと、白菜、
大根、人参、サツマイモ、ホウレンソウ、
芽キャベツなんかが採れるんじゃないかな。
農場の藤井さんに連絡を入れてあるし、
キッチンを借りてバーニャカウダで新鮮
な野菜をいただこう」
「キッチンを借りる、って、あなたが
料理してくれるの?」
バーニャカウダと言えば北イタリアを
代表する郷土料理で、たっぷりのニンニク
とアンチョビ、オリーブオイルで作った
ソースに野菜をディップして食べるお手軽
料理だ。けれど、「料理なら私に任せて!」
と胸を張れるほど、紫月は料理が得意では
ない。彼の隣に立って、サポートするくら
いなら出来るだろうけど……
危なっかしい包丁さばきを見られるの
は、ちょっと恥ずかしい。
「料理と呼べるほど大それたものを作る
つもりじゃないけど、基本的に僕は自炊派
だから、大抵のものはレシピを見れば作れ
るよ。今日はお手製のソースを持って来て
るんだ。だから、野菜を切るだけで簡単に
食べられる」
つい、と、レイが親指で後部座席を指差
す。その指先をたどれば、彼の荷物らしき
黒いリュックが置いてある。
何が入っているのだろうか?
リュックは結構膨らんでいる。
「あなたのお手製ソースで、新鮮な野菜
が食べられるなんて、楽しみだわ。あと、
どれくらいで現地につくの?」
「そうだな、まだ3時間はかかるだろう
から、関越辺りでサービスエリアに寄ろう
か。そこで一息つけば、農場までは1時間
ちょっとだよ」
そう言ってレイがアクセルを踏み込む。
車はさらにスピードを増し、走っていた
長い長いトンネルを一気に抜ける。突然、
ぱっ、と視界が開け、紫月は眩しさに目
を細めた。
ところどころ紅葉の色を残した山々が、
両側に広がっている。
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