34 / 54
第一部:恋の終わりは
33
しおりを挟む
「お邪魔します」
レイの後に続き、古い日本家屋の玄関
に足を踏み入れると、紫月は控え目な声
でそう言った。
ここは畑からほど近くにある藤井さん
の自宅で、二人は今からこの家のキッチ
ンを借りることになっている。
赴きのある瓦屋根の建物は、外観こそ
古く見えたのだが、中に入ってみると存外
に新しかった。玄関は昔ながらの土間となっ
ており、土間キッチンというのだろうか?
炊事が出来るように石造りの流し台が設け
られている。
その他にも野菜を運ぶアルミ製のリア
カーや農機具などが置いてあり、土間から
部屋の中を覗けば、ウネウネと曲がり、
手斧の跡が随所に残る立派な梁や高い天井、
そして、和紙と竹細工で作られた丸いフォ
ルムのペンダントライトが見える。
お洒落でノスタルジックな古民家。
藤井さんの自宅は、そんな感じだった。
レイは持っていたカゴを足元へ置くと、
土間から家の奥へ向かって声をかけた。
「藤井さん、キッチン借りるよ!」
その声に耳を澄ますと、すぐに廊下を
歩く足音が聞こえてきた。
「ああ、お帰りなさい。どうぞ遠慮なく
使ってください。何もお構いできませんが、
ちょうど芋が焼けたのでそこに置いておき
ました。安穏芋の焼き芋です。旨いですよ」
土間の隅にある、二人掛けのテーブルを
指差し、藤井さんが目を細める。アルミ
ホイルで包まれたそれに触れてみれば、
まだ温かく煤のようなものがついていた。
「焼き芋かぁ、ありがとう。さっそく
いただくよ。僕もこれ、お土産に」
そう言って軍手を外すと、リュックの中
から細い紙袋を取り出す。それを藤井さん
に渡すと、レイは腰に手をあてて言った。
「それ、好きだよね?」
「獺祭ですか。もちろん、大好きですよ。
さっそく、今日の晩酌にいただきます」
袋の中を覗いた藤井さんは、日本酒の
瓶を取り出し、満面に喜色を湛える。
二人の親し気なやり取りを見ながら傍
に突っ立っていると、藤井さんは紫月に
声をかけてくれた。
「私は作業場の方にいますので、ここは
ゆっくり使ってください。冷えるようなら、
居間を使ってもらって構いませんよ。うち
の野菜をじっくり堪能していってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘え
させていただきますね」
そう答えると、彼は紙袋を抱え、家の奥
へと戻って行った。
「やっぱり、いつもやってるだけあって、
手早いわね」
刃の部分が四角い菜切り包丁で、サクサク
と大根や人参を太めの千切りにしていくレイ
を隣で見守りながら、紫月は感心して言った。
レイの後に続き、古い日本家屋の玄関
に足を踏み入れると、紫月は控え目な声
でそう言った。
ここは畑からほど近くにある藤井さん
の自宅で、二人は今からこの家のキッチ
ンを借りることになっている。
赴きのある瓦屋根の建物は、外観こそ
古く見えたのだが、中に入ってみると存外
に新しかった。玄関は昔ながらの土間となっ
ており、土間キッチンというのだろうか?
炊事が出来るように石造りの流し台が設け
られている。
その他にも野菜を運ぶアルミ製のリア
カーや農機具などが置いてあり、土間から
部屋の中を覗けば、ウネウネと曲がり、
手斧の跡が随所に残る立派な梁や高い天井、
そして、和紙と竹細工で作られた丸いフォ
ルムのペンダントライトが見える。
お洒落でノスタルジックな古民家。
藤井さんの自宅は、そんな感じだった。
レイは持っていたカゴを足元へ置くと、
土間から家の奥へ向かって声をかけた。
「藤井さん、キッチン借りるよ!」
その声に耳を澄ますと、すぐに廊下を
歩く足音が聞こえてきた。
「ああ、お帰りなさい。どうぞ遠慮なく
使ってください。何もお構いできませんが、
ちょうど芋が焼けたのでそこに置いておき
ました。安穏芋の焼き芋です。旨いですよ」
土間の隅にある、二人掛けのテーブルを
指差し、藤井さんが目を細める。アルミ
ホイルで包まれたそれに触れてみれば、
まだ温かく煤のようなものがついていた。
「焼き芋かぁ、ありがとう。さっそく
いただくよ。僕もこれ、お土産に」
そう言って軍手を外すと、リュックの中
から細い紙袋を取り出す。それを藤井さん
に渡すと、レイは腰に手をあてて言った。
「それ、好きだよね?」
「獺祭ですか。もちろん、大好きですよ。
さっそく、今日の晩酌にいただきます」
袋の中を覗いた藤井さんは、日本酒の
瓶を取り出し、満面に喜色を湛える。
二人の親し気なやり取りを見ながら傍
に突っ立っていると、藤井さんは紫月に
声をかけてくれた。
「私は作業場の方にいますので、ここは
ゆっくり使ってください。冷えるようなら、
居間を使ってもらって構いませんよ。うち
の野菜をじっくり堪能していってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘え
させていただきますね」
そう答えると、彼は紙袋を抱え、家の奥
へと戻って行った。
「やっぱり、いつもやってるだけあって、
手早いわね」
刃の部分が四角い菜切り包丁で、サクサク
と大根や人参を太めの千切りにしていくレイ
を隣で見守りながら、紫月は感心して言った。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる