恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「………しづき?」

 僅かな抵抗に気付き、ぴたりとレイの
愛撫が止まる。激しく肩で息をしながら、
けれど、焦点の定まらない目でレイを
見つめた紫月は、子供のように小さく
首を振った。

 「……ごめんなさい、まだ……」

 その先に、どんな言葉を続けていいか、
わからなかった。

 それでも、彼の面影が脳裏に揺曳ようえいして
いるのに、このままレイに抱かれること
は出来ない。

 ふ、と僅かに息を漏らし、レイが頬を
歪める。紫月の胸が、ずきりと痛む。



-----嫌われてしまうかも、知れない。



 そんな不安が頭を過り、紫月はレイに
手を伸ばした。その手がガシリと掴まれ、
ぐい、と引っ張られる。

 彼に押し倒されていた身体が起こされ、
紫月は向かい合うようにしてレイとソファ
に座った。

 「……レイ?」

 紫月は目の前の彼を覗く。
 その声に、伏せられていたブルーグレー
の目は光を取り戻し、自分を見つめた。

 「自分はもっと包容力のある男だと思っ
てたけど……ごめん。嫉妬心剝き出しで
襲ったりして」

 何も悪くなどないのに、どうしてかレイ
が謝る。紫月は首を振り、唇を噛んだ。



-----どう言えばいい?



 必死に言葉を探す。レイに触れられて
嬉しかった。その気持ちに、嘘はない。

 それでも、いま、それを言うのは矛盾し
ている気がする。紫月は自分の手を握りし
めたままのレイの手に、自分の手を重ねた。

 「未練があるわけじゃ、ないの。なのに、
なんであの人の顔が浮かんでしまうのか、
わからなくて……」

 それも、嘘偽りのない事実。
 その言葉に、また彼が傷ついてしまう
だろうかと恐れながら、紫月はレイの顔
を覗いた。レイは笑んでいた。その顔は、
いつもの彼の明るいものだ。

 「ずっと好きだった人のことを忘れる
のは、時間がかかるよ。僕も、紫月のこと
が好きで仕方ないから……その気持ちは
何となくわかる。焦ってわるかったね。
コーヒー淹れなおすから、人参ケーキ
食べようか」

 紫月の手の中から自分の手を引き抜く
と、レイは、ぽん、と紫月の頭に手を
載せ、立ち上がった。そうして、キッチン
へと向かう。紫月ははだけた服を直しなが
ら、去ってゆく彼の背中を見つめた。

 その背中が、酷く寂しげだったことに……
紫月が気付くのは、少し後のことだった。







 「じゃあ明日。空港で待ってる」

 車を降りた紫月にそう言うと、レイは
懐からメモを取り出した。それを紫月の手
に握らせる。薄暗い中でその小さなメモに
目を落とせば、

 『成田空港第1ターミナル南ウイング
 1階ミーティングポイントAM9:30』

 と、記されている。

 紫月はどこかほっとした心持でそれを
握りしめると、「また明日」と言って
レイに微笑みかけた。
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