彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode4 帰れない道

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「で、そのまま寝ちゃったのか。残念だったね、それは」

真っ白な珈琲カップを両手に持ったままで、真理がつばさの顔を覗く。

つばさを見つめる表情は、笑いを堪えているような、同情して

いるような、複雑なものだ。つばさは頬杖をついて、しゃくしゃく、

とアイス・カフェモカの中に沈む氷を突くと、窓の外を眺めた。

「『最高のクリスマスになるといいね』って、お姉ちゃんも協力して

くれたのにさ。すごい思い出ができちゃったよ」


あの日の翌朝、斗哉と共に初めて朝帰りというものを経験した

つばさは、月子の根回しもあって、親に怒られることもなかった。

けれど、どうだった?と興味津々の姉に聞かれれば「できなかった」

と答えるしかない。厳密には、途中までしかできなかった、というのが

正解だけれども……



つばさは、あの夜のことを思い出して熱くなった頬に、手をあてた。

未遂に終わったとはいえ、斗哉と肌を重ねた。

それは、あまりに刺激的で、官能的で、とても幸せな時間だった。

けれど、思い出すたびに胸が苦しくなって、ご飯が喉を通らなくなって

しまうのだ。

何せ、バナナを見ただけで斗哉のを思い出してしまうわけで……

つばさは、この数日で2キロも痩せてしまった。

ぺちぺち、と頬を叩きながら首を振るつばさに、真理が笑って言った。



「まあ、黒沢は親と帰省しちゃってるわけだし、こっちに帰って来る

までは、何かしたくても何もできないんだから。次の機会までに、

のんびり心の準備しとけばいいんじゃない?そこまでやったなら、

あとは入れるだけだしさ」

つばさは、飲みかけていたカフェモカを吹き出しそうになって、口を押えた。

だなんて……のどかな休日のカフェで口にする言葉じゃない。

「いつ帰って来るの?黒沢」

「うーん、確か4日って言ってたかな。年末年始はいつもいないから、

斗哉と年越ししたことないんだよね」

「そっか。じゃあ、あと1週間は会えないわけだ」

くるくると、チキンとエリンギのクリームパスタをフォークに絡めて

いる真理に頷く。窓の外に目をやれば、クリスマスから、がらりと

年の瀬の様相に変わった街並みを、人々が慌ただしく歩いている。

ほんの数日前、斗哉と手を繋いでプレゼントを買いに行ったのに……

ひとりでいると、季節の移り変わりの早さが、何だか寂しい。

「しっかり食べて体力つけなきゃ。あんた、ただでさえ細いん

だから、これ以上痩せたら大変でしょ?ほら、あーーん」

パスタとエリンギを絡めたフォークを、真理がつばさの口元へ運ぶ。

つばさは、言われるがまま、あーん、と口を開けた。

「美味しい?エリンギ」

むぐむぐ、と口を動かしながら、つばさは頷いた。独特の食感と

甘さが口の中に広がる。


が、エリンギ……エリ…ンギ………エリ……


「……んぐっ」

つばさは、また、卑猥ひわいな連想をしてしまい、エリンギを喉に詰まらせた。





一通りの報告を終え、真理と別れたつばさは、いつものバス停に

降り立った。ここから自宅までの道のりは歩いて12分。通学経路

でもある、歩き慣れた道だ。つばさは、いつもと同じ風景の中を、

のんびりと歩き出した。大通りを少し歩いて、人影の疎らな路地裏を

進む。時刻は黄昏時で、空を見上げれば、紫、橙、蒼が滲んだように

混ざりあっていた。しばらくその道を歩いていたつばさは、不意に

生ぬるい風を頬に感じて、足を止めた。瞬きをした瞬間に、目の前の

光景が、がらりと見知らぬ風景に変わってしまう。
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