彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode5 朔風に消える

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「キスまでしかけたわりに、何にも進展なしか。もしかして神崎のヤツ、

黒沢に釘でも刺されたのかな?」

さく、とラズベリーをフォークに刺しながら、そう言った真理に、つばさは

ぶんぶんと首を振った。

「だから、あれはそうじゃないってば。気のせいだよ、きっと。顔についてる

睫毛を取ろうとした、とかさ」

頬を赤くして、つばさは否定する。真理には、別荘で起った一部始終を

話してあった。嵐に助けられて肌を重ねたことも、人工呼吸をしてもらった

ことも、全部だ。確かにあの時、嵐の唇が近づいたような気がしたけれど……

それは一瞬のことで、斗哉たちが助けに来た後も、嵐の態度は普通だった。

それに、好きだと言われたわけでもないのに、ヘンに意識するのもおかしいと

思うのだ。もし、勘違いだったら……と思うと恥ずかしい。

「仮に、百歩譲って気のせいだったってことにしてもよ?あんたはどう思って

るの、嵐のこと。好きなの?嫌いなの?どっちなの」

「どっち、って言われても……」

真理が身を乗り出して、見つめる。つばさは思わず上半身をのけ反らせた。

「好きか嫌いかって聞かれれば、そりゃ好きだよ。嵐は優しいし。でも、

それは仲間として尊敬してるって言うか……斗哉に感じる気持ちとは、

ちょっと違うんだよね。嵐ってさ、私と同じこと考えてるんだ。自分がこの

霊能力を持って生まれた意味とか、誰かのためにこの力を活かしたいとか。

私がぼんやり考えていたことを、しっかり体現してて、そういう姿がすごく

かっこよく見えるの。そういう意味では、好きなんだと思うんだけど……」

嵐のことを熱く語りながら、つばさは警察署での嵐を思い出した。



(俺たちの霊力を活かしてくれる人がいて、それで誰かが救われるなら)



そう言った時の嵐は、とても同学年とは思えないほど凛としていたのだ。

斗哉も高校生には見えないくらい大人びているのだけど、嵐はまた

身にまとう空気が違う。それは、普通の人には見えない世界を見て、

その世界に深く関わってきたからだと思うのだ。同じように人の魂が見えて

いても、つばさには嵐のような自信がない。だから、どうしても憧れてしまう。

「尊敬……ねぇ。黒沢に対する気持ちとは違う、ってわかってんならいいけどさ。

片方を傷つけるか、両方を傷つけるか。選択を間違えないように気を付けてよ」

「……傷つけるって、どうして?」

あーん、とカスタードクリームがのったパンケーキを、つばさの口に押し込み

ながら、真理が首を傾げる。もぐもぐと口を動かしながら、つばさは真理の

言葉を待った。

「このまま、気付かないフリしてやり過ごせればいいけど……」



その時、真理の言葉を携帯の着信音が遮った。



「あ」

マナーにし忘れていた携帯に目をやって、つばさはどきりとする。

手に取って液晶画面を見れば、そこには「嵐」の一文字があった。

「嵐からだ。どうしたんだろう?」

嵐から電話がかかってくるのは、初めてだ。つばさは、ごめん、と真理に言うと、

携帯の受話器をあげた。

「もしもし…………うん、大丈夫だよ。どうしたの?」

つばさは、片方の耳を塞ぎながら、嵐の声に耳を傾けた。

「うん……うん…………えっ、ほんとに!?行くっ!一緒に!!」

嵐の話を聞いたつばさは、思わず席を立ちあがっていた。

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