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episodeFinal 永遠のワンスモア
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細っちょろい腕と、陽に透けてしまいそうな白い肌をした斗哉が、
黒縁眼鏡の向こうから自分を見つめ、必死につばさが座る枝まで
よじ登ってきたのは、いつだったか?あの頃は、ただ、一緒に
いることが当たり前で、友達だ、親友だと、笑い合っているだけで
幸せだったのに……。躰が大きくなるにつれて、その関係は少し
ずつ変わってしまった。声変りが始まった頃だっただろうか?
斗哉は眼鏡をしなくなり、人知れず躰を鍛えるようになった。
あっという間に背丈も自分を追い越して、いまなら、こんな低い
木に登ることなど、わけない。逆に、つばさの方が、やけに丸みを
帯びて重くなってしまった躰を、斗哉に引っ張り上げてもらわな
ければならないだろう。あの、強い腕で……。
つばさは、揺らしていたブランコを止めると、自分の両腕を握った。
そうして嵐の、腕の強さを思い出した。
あの腕を解いて、逃げることは難しかっただろうと、思う。けれど、
いつか斗哉にそうしたように、重ねられた唇を拒むことはできた
はずだ。なのに、出来なかった。
その理由は……嵐を失くしたくなかったからだ。
-----俺を選ぶか、離れるか。
キスをする直前に嵐が言ったあのひと言が、自分を迷わせた。
嵐と離れたくない。その気持ちだけが目の前にきてしまった。
けれど、それは自分の狡さでしかなかった。自分には、
斗哉という恋人がいるのだ。彼を傷つけてまで、嵐という存在を
欲しがるなんて……勝手すぎる。
「……とーや……」
完全に、自分を拒絶していた背中を思い出して、つばさは唇を
噛んだ。思えば、斗哉には怒られることはあっても、拒絶される
ことはなかったのだ。今まで一度も。だから、どうすればいいか、
わからない。どんな言葉を口にして、どんな顔で謝れば、
彼に赦してもらえるのか?ぽたぽた、と前髪から流れ落ちる滴を
眺めながら、ため息をついた、その時だった。
不意に、空から降り注ぐ雨粒が途絶えて、つばさは顔をあげた。
そうして、目の前に立つ人物を見て目を丸くする。街灯の灯りを
背に受けながら、姉の月子が、つばさに傘を差し出していた。
「こら。こんな雨の中で何やってんの?風邪引くでしょ」
「おねーちゃん!どうしてここ……」
わかったの?と、言葉を続けようとしたつばさに、月子がタオルを
差し出す。つばさは、それを受け取ると、すっかりびしょびしょに
なった顔を拭った。
「あんたが中々帰ってこないから、斗哉に電話したのよ。そしたら、
ここにいるんじゃないか、って言うじゃない?だから迎えに来たの。
ほら、早く立って。私まで濡れちゃう」
長い髪を掻き上げて、月子が口をへの字にする。どうやら、傘は
一本しかないようだ。つばさは、ブランコを揺らして立ち上がると、
月子の傘の中に入った。
「ごめん。ありがと……」
額に張り付いた前髪を手の平で拭いながら、自分を覗き込む
姉の視線をかわす。月子の目を見れば、自分がここにいる理由など、
すでにお見通しなのがわかる。何となく、恥ずかしかった。
「まったく。しょうがないわね、あんたは。とにかく、帰りましょ。
母さんも心配してる」
月子はそう言うと、つばさの濡れた肩を支えながら、夜道を歩き出した。
「あいつと別れるか、俺と離れるか……か。その、あんたにご執心の
嵐って男も、なかなかね」
モコモコに泡立てたスポンジで首筋を擦りながら、月子は浴室の
鏡越しにつばさを見やった。つばさは、ほどよく温かな湯船の中で
膝を抱えながら頷く。あの後、家に辿り着いたつばさは、玄関で
待ち構えていた母親に、風呂に放り込まれたのだ。月子とともに。
黒縁眼鏡の向こうから自分を見つめ、必死につばさが座る枝まで
よじ登ってきたのは、いつだったか?あの頃は、ただ、一緒に
いることが当たり前で、友達だ、親友だと、笑い合っているだけで
幸せだったのに……。躰が大きくなるにつれて、その関係は少し
ずつ変わってしまった。声変りが始まった頃だっただろうか?
斗哉は眼鏡をしなくなり、人知れず躰を鍛えるようになった。
あっという間に背丈も自分を追い越して、いまなら、こんな低い
木に登ることなど、わけない。逆に、つばさの方が、やけに丸みを
帯びて重くなってしまった躰を、斗哉に引っ張り上げてもらわな
ければならないだろう。あの、強い腕で……。
つばさは、揺らしていたブランコを止めると、自分の両腕を握った。
そうして嵐の、腕の強さを思い出した。
あの腕を解いて、逃げることは難しかっただろうと、思う。けれど、
いつか斗哉にそうしたように、重ねられた唇を拒むことはできた
はずだ。なのに、出来なかった。
その理由は……嵐を失くしたくなかったからだ。
-----俺を選ぶか、離れるか。
キスをする直前に嵐が言ったあのひと言が、自分を迷わせた。
嵐と離れたくない。その気持ちだけが目の前にきてしまった。
けれど、それは自分の狡さでしかなかった。自分には、
斗哉という恋人がいるのだ。彼を傷つけてまで、嵐という存在を
欲しがるなんて……勝手すぎる。
「……とーや……」
完全に、自分を拒絶していた背中を思い出して、つばさは唇を
噛んだ。思えば、斗哉には怒られることはあっても、拒絶される
ことはなかったのだ。今まで一度も。だから、どうすればいいか、
わからない。どんな言葉を口にして、どんな顔で謝れば、
彼に赦してもらえるのか?ぽたぽた、と前髪から流れ落ちる滴を
眺めながら、ため息をついた、その時だった。
不意に、空から降り注ぐ雨粒が途絶えて、つばさは顔をあげた。
そうして、目の前に立つ人物を見て目を丸くする。街灯の灯りを
背に受けながら、姉の月子が、つばさに傘を差し出していた。
「こら。こんな雨の中で何やってんの?風邪引くでしょ」
「おねーちゃん!どうしてここ……」
わかったの?と、言葉を続けようとしたつばさに、月子がタオルを
差し出す。つばさは、それを受け取ると、すっかりびしょびしょに
なった顔を拭った。
「あんたが中々帰ってこないから、斗哉に電話したのよ。そしたら、
ここにいるんじゃないか、って言うじゃない?だから迎えに来たの。
ほら、早く立って。私まで濡れちゃう」
長い髪を掻き上げて、月子が口をへの字にする。どうやら、傘は
一本しかないようだ。つばさは、ブランコを揺らして立ち上がると、
月子の傘の中に入った。
「ごめん。ありがと……」
額に張り付いた前髪を手の平で拭いながら、自分を覗き込む
姉の視線をかわす。月子の目を見れば、自分がここにいる理由など、
すでにお見通しなのがわかる。何となく、恥ずかしかった。
「まったく。しょうがないわね、あんたは。とにかく、帰りましょ。
母さんも心配してる」
月子はそう言うと、つばさの濡れた肩を支えながら、夜道を歩き出した。
「あいつと別れるか、俺と離れるか……か。その、あんたにご執心の
嵐って男も、なかなかね」
モコモコに泡立てたスポンジで首筋を擦りながら、月子は浴室の
鏡越しにつばさを見やった。つばさは、ほどよく温かな湯船の中で
膝を抱えながら頷く。あの後、家に辿り着いたつばさは、玄関で
待ち構えていた母親に、風呂に放り込まれたのだ。月子とともに。
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