恋に焦がれて鳴く蝉よりも

橘 弥久莉

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第三章:嘘をつく理由

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「すみません。わたし、そんなに怯えた顔してますか?」

「まあ。あなたは何でも顔に出るタチみたいだから、

わかりやすくていいけどね」

くすくす、と笑いながら専務がハンドルを切る。

車は交差点を右折して、緑道公園を通り過ぎていく。

榊専務の笑顔の向こうに、昨夜SNSで見た緑道公園の

鮮やかな縁が見える。なぜだか、胸がどきどきして、

蛍里は前を向くと小さな声で言った。

「怯えてるわけじゃないんです。ただ、突然のことで

現実感がないというか……戸惑っているというか」

その言葉は本心だったが、返ってくる答えはなかった。

専務は黙ってハンドルを握っている。けれど、2人の間を

流れる空気は優しいもので、蛍里は何となく窓の外に

目を向けた。視界を流れる景色がポカポカと光を浴びて、

まばゆい。何だかこのまま何処かに行ってしまいたい。

そんなことを思わせる陽気で、困る。

2人を乗せた車が目的地のレストランに辿り着いたのは、

蛍里がうたたねをしてしまってから、数分後のことだった。






「素敵なお店ですね」

蛍里は席につくと、きょろきょろと店内を見回した。

榊専務に連れてこられたレストランは、リストランテと名の

つく高級なイタリア料理店だった。白を基調とした店の天井

には、光を散りばめるようなお洒落な照明が施されていて、

壁にはどこかで見た覚えのある絵画が飾られている。

にこやかにグラスを傾けながら食事をしている客も、

自分とは部類の違う人たちに見えたし、蛍里は自分が

場違いではないか?と不安になってしまっていた。

「内層やインテリアで高級感を出して富裕層の心を上手く

掴んでいるようですね。この辺りは病院が多いから立地的

にも申し分ない。これといって目立つような商品も見当たら

ないので、繁盛の要因は居心地の良さと立地の良さ、

という感じかな……」

ぱらぱらと、メニューに目を通しながらそう口にした専務に、

蛍里は慌てて彼が手にしているメニューと同じものを開いた。

そうして、ギョッっとする。いつも自分が結子と食べている

ご褒美ランチの5倍の値段がズラリと並んでいる。

これじゃとても持ち合わせが足りそうにない。

蛍里は目を白黒させながら、声を潜めて言った。

「あの、すみません。ちょっと私の持ち合わせでは

お会計、足りなそうなんですけど……」

あくまでも、足りない分は貸してもらえるか?という

意味合いでそう訊いた蛍里に、榊専務は一度目を

見開くと、その目を細めた。

「そんなことは気にしないで。ここは経費で落とすので、

遠慮なく食べてください」

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