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最終章:恋に焦がれて鳴く蝉よりも

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僕はその現実を頭では冷静に捉え、その一方で、心は彼女を

追い求めることをやめられなかった。

視界に彼女が映れば、心は弾むことを拒めない。

彼女の声を聴くたびに、その笑みを見つけるたびに、

僕の心は彼女で満たされ、そうして、告げることの出来ない

苦しみに苛まれていった。



-----やがて、僕は小さな賭けを思いついた。



アマチュア作家という、僕のもう一つの顔を使った賭けだ。

僕はあの日、彼女が読んでいたものと同じ本に自身が管理

する小説サイトのアドレスを書き込み、彼女のデスクに置いた。

その手法はあまりに不確実で、まるで、子供の悪戯のような

やり方ではあったけれど、彼女はそんな僕の淡い期待を

裏切ることなく、再び奇跡を起こしてくれたのだった。

僕は幸運にも、別人となって彼女と心を通わせることが出来た。

上司としての自分は密やかに彼女を見つめ、作家としての

自分は物語を綴り、彼女からの感想を心待ちにする日々。

けれど、どんなに恋焦がれても、この恋が失われる運命である

ことは、変わらなかった。この想いを彼女に伝えない限り、

やがては別の誰かが彼女の手を取る日が訪れてしまうのだ。

僕はようやくそのことに気付き、決断した。

自分の『心』が望む結末に辿り着くための、選択をしたのだ。

すべてを知らされた夜。

彼女は歓びに涙し、そうして、悲しみにまた涙した。



-----彼女は優しい人なのだ。



僕の手を取ることが出来ないと泣く彼女に、僕はある誓いと共に、

その言葉を伝えた。



-----「愛している」



あなたが僕にとって唯一無二の存在であるという、最上の言葉。

その言葉を、彼女はどんな思いで耳にしたことだろう。

僕は再び彼女と離れることとなったが、もう、何も恐れては

いなかった。奇跡は幾度も起こるものなのだ。

「偶然」という名を借りて、奇跡は人生に何度でも起こりうる。

おそらく、そう遠くない日に、彼女はこの本を見つけるだろう。

そうして、物語を読み終えた彼女は、僕のもとへと駆けてくる

はずだ。

だから僕は、恋しいと鳴くことの出来ない蛍が光り輝ける場所で、

彼女を待っている。



-----今日も、明日も。彼女が僕を見つけるまでずっと。







物語はそこで終わっていた。

蛍里は涙で濡れた頬を拭い、その本を胸に抱き締めた。

これは実話だ。彼と自分のままならぬ想いを描いた、恋物語だ。

どうして彼に出会っていたことを、思い出せなかったのか。

その理由を考え、蛍里は唇を噛んだ。

私服姿で前髪をおろしていた彼に対峙していたのはほんの数分で、

それから長い月日が経っていた。

だからあの日、上司の顔をした彼に再会しても、気付くことが

出来なかったのだ。



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