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第一章:幸せの配分

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 (実は僕も視覚障がいがあって、手帳を持っ
ているんです。だから、不自由がある人の
気持ちに寄り添える自信はあります)

 鞄のサイドポケットから取り出した障がい
者手帳を広げて見せる。見開きの右側には
顔写真。左側には障がいの名称と等級が記さ
れている。
 彼女はそれを見ると、驚いたように僕の顔を
見上げた。サングラスを外して見せる。見た目
は普通の人と何ら変わらないが、何も変わらな
いからこそ、理解してもらえないこともある。
 事業所を訪れる利用者さんにも、僕に障がい
があることを伝えると、頼りないと敬遠される
ことより、親近感を持ってもらえることの方が
多かった。

 (わたしたち、仲間ですね)

 彼女もそう感じてくれたのか、白い歯を
見せた。どきりとまた、胸が鳴る。
 こんな時に、怪我をさせておきながら、
とても不謹慎だとは思うけれど、


------笑顔が可愛い。


 慌てて目を逸らし、サングラスをかけた。
 頬が熱い気がする。顔が赤くなっていたら、
恥ずかしすぎる。僕は平静を装いながら、親指
を動かした。そうして、少し躊躇いがちに
それを見せた。

 (家まで送りましょうか?)

 こんなことを言ったら、新手のナンパだと
誤解されるだろうか。そんな不安を抱きながら
も、このまま、じゃあ、と別れるのは何だか
気が引けた。彼女はその文字を見て、首を横に
振る。やっぱり、と、内心落胆している僕の顔
を覗き込み、少し先にある大きな一軒家を指差
した。
 デザイン住宅、というのだろうか。
 落ち着いた色合いの、タイル張りの塀から
覗く建物は、正面が半円状になっていて、
一目見れば誰もが高級住宅と認める風格が
ある。

 「あは、あそこがお家?」

 立派だなぁ、と、いつも横目で見ながら通り
過ぎていたその住宅を見やり、僕は驚いた顔
のままで言った。あの家がそうだと言うなら、
送るも何もそこを通らなければ帰れない。
 立てかけておいた自転車を引いて歩き出す
と、彼女は僕の一歩後ろをついて歩き出した。
 ほんの数十メートルの道のりを、ふたり、
無言で歩く。自転車を引く僕の手は塞がって
いて、文字を打つことも、手話を話すこと
も出来なかったけれど、不思議なほど沈黙
はやさしかった。
 家の前につくと、彼女は振り返ってぺこり
と頭を下げた。僕は「バイバイ」と手を
振った。

 この仕草だけは、きっと万国共通の手話
に違いない。



-----もう、二度と会うことはないんだろうな。



 そう思いながら自転車に跨った僕の胸は、
チクリと痛んでいた。
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