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第二章:こころの声

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 駅までの道のりは、高架下沿いにまっすぐ
歩いて15分ほどだった。
 初秋のやわらかな風の中を、のんびり歩く
のは心地よく、道行く人も少ないので、少し
狭い歩道でも肩を並べて歩くことが出来る。
 僕は、肩幅よりも少しだけ広く白い杖を振り
ながら、器用に歩く石神さんを見た。
 完全に視力を失う前に、「中途失明訓練学
校」に通い、歩行訓練を受けたのだそうだ。
 彼はすでに光を失ってはいるが、健常者と
ほとんど変わらぬ生活を送っていた。
 慣れない場所へ行く時はガイドを利用する
こともあるが、普段は白い杖と点字ブロック
を頼りに、一人で外出しているし、点字は
もちろん、視覚障がい者用のパソコンを身に
付け、仕事もしている。

 彼の奥さんは健常者だけれど、日常生活で
彼女を頼ることも少ないのだと、以前話して
くれたことがあった。



-----彼の姿に、未来の自分の姿を重ねてみる。



 すると、案外、僕の未来は、いまとそれほど
変わらないんじゃないだろうか、と、思えてく
る。だから、彼に会うと僕は元気になれるのだ。



-----大丈夫。僕はやっていける。



  そう思いたくて、僕がこの会に参加して
いることは、彼にも内緒だった。

 けれど、今日はそれ以外にも目的があった。
 彼に相談したいことがあるのだ。こんなこと
を相談したら、彼を困らせてしまうかも知れな
いけれど……
 僕は、「自転車に乗るのをやめた」という話
のくだりから、彼女に出会い、密かに想いを
寄せていることを、打ち明けたのだった。

 「いやいや、この年になって恋バナをする
ことになろうとは。本当に、人生は予測不能な
ことばかりですな」

 ゆっくり歩きながら、石神さんが可笑しそう
に肩を揺する。その横顔は、僕を揶揄うような
ものではなく、心底、愉しんでいるような顔
だ。僕は厚かましくも、自分の恋の参考にと、
彼と奥さんの馴れ初めまで聞き出したのに、
彼は嫌な顔一つせず、語ってくれた。

 「すみません、突然、こんな話を振ってしま
って。でも、石神さん以外に相談できる人が
いなくて。どちらかが健常者なら、ここまで
悩まなかったと思うんですけど……」

 ガリガリと頭を掻きながら俯くと、僕は立ち
止まった。のんびり歩いたつもりだったが、
駅についてしまったのだ。
 駅前広場には大きな噴水があり、その周辺を
囲むようにバスターミナルがある。道行く人は
帰路を急いでいるのか、どんどんエスカレーター
に吸い込まれてゆく。

 僕たちは人波を避けるように、駅舎の壁に
身を寄せた。
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