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第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』
四章-2
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権左右衛門が式神での凰花暗殺を諦めたその日、嶺花の屋敷で寝かされていた流姫が目を覚ました。
自警団に詰めているアズサの代わりに、看病をしていた町娘が流姫の様子に気づき、慌てて嶺花のいる広間へと駆け込んだ。
「嶺花様! 流姫様が目を覚まされました!」
「ほおっ! わかった、すぐに行く」
嶺花は流姫が寝かされている客間に入ると、布団の横に腰を降ろした。
「流姫殿……ご無事でなにより」
「ああ……ここは、嶺花殿の屋敷か。世話をかけたようだねぇ。まったく、あたしとしたことが、油断しちまった」
横になったまま自嘲的な笑みを浮かべた流姫に、嶺花は至極真面目な顔で問いかけた。
「墨染の仕業ですね? あれは、我らを裏切りま――」
「ああ、ちょっと待った。そう急くもんじゃない」
流姫は上半身を起こすと、懐から折り畳んだ紙を取り出して嶺花に差し出した。
嶺花は受け取った紙を広げると、そこに書かれていた文面を読んで、僅かに目を見広げた。
「これは――?」
「墨染は、あたしに『用意は済んでいるか』って言ってきたんだよ。あ、準備だったもしれないが……まあ、そんなことをさ、訊いてきたんだ」
「それが……この手紙だと?」
「違うかもしれない。だが、あたしは手紙は墨染か、あいつ絡みの者が送ってきたと思っている。黒水山では発光現象は起きなかった――違うかい?」
「それは……確かに起きていませんが」
嶺花の返答に、流姫は満足げに頷いた。つまりは、そういうことだ――そう物語る流姫の目に、嶺花はただ唸るしかなかった。
「しかし、なんの目的があって……」
「さあね。かなり辛い恋をしている気がするんだよ、墨染はさ。あたしらにできるのは、これからの成り行きを、油断無く見続けることだけさ。今がどういう状況かはわからないが、どうせ烏森は墨染のために動くつもりなんだろ?」
「わかりませんが……その可能性は高いかと」
「そうかい。それじゃあ、こっちもやることはやっておくとしよう」
流姫は布団から出て立ち上がると、障子戸を開いて外へ出て行った。
嶺花の屋敷から黒龍が空へと昇っていく姿に、人里ではまた異変が起きているのではと、不安がる声が多く上がることとなった。
*
権左右衛門が人里の門――ではなく、町を囲う塀を乗り越えたのは、日が沈んでからすぐのことだった。
相も変わらず、町の至る所で奇妙な箱状の物体を見かけたが、そちらよりも門番や見回りをしている自警団たちを警戒しながら、権左右衛門は神社へと急いだ。
侍騒動が起きてから、日が沈むと出歩く町人たちは少なくなる。だから人目につかないまま神社の手前まで来たことなど、気にもならなかった。
なにか変だ――権左右衛門がそう思い始めたのは、神社の境内に入る直前だった。周囲には誰もいないのに、ザワザワとした気配に囲まれているのを感じていた。
境内に踏み入れようとした右脚を戻すと、油断無く周囲を見回した。一旦退くことも考えたが、直感から(もう遅い)と判断していた。
「――誰だか知らねぇが、出てこい」
そんな権左右衛門の誰何の声に、背後から返事があった。
「うーん。惜しかった」
いつのまにか、アズサと凰花、そして恋子の三人が、権左右衛門の背後に立っていた。
周囲を警戒しながら振り返った権左右衛門は、小刀の柄に手を添えながら、アズサらを睨み付けた。
「いつから気付いてた?」
権左右衛門の問いに、アズサは満面の笑みを浮かべながら答えた。
「最初からですよ。あなたが、この町に来る前から。あなたはずっと、見張られていたんです。気付きませんでしたか?」
「見張られ――まさか、あの四角いやつか?」
「その通り! 監視カメラ型の式神もどき。分かり易いように言えば、人界で普及しているバテレンのカラクリです。あたしの霊符で作った、まあ式神みたいなものですね」
「馬鹿な! 式神を構成するのは、妖や霊魂だっ! あんなカラクリ紛いな代物が、作れるはずがねぇ!!」
陰陽道、そして呪禁道を修めた権左右衛門にとって、アズサの発言は容認できないものだった。
しかし、アズサは腕を組みながら、どや顔で答えた。
「あたしの霊符で作ったと言いましたよね? 監視カメラ君は式神のようで、式神ではないんです!」
「巫山戯やがって――っ!!」
権左右衛門は数枚の呪符を取り出すと、一気に放り投げた。
呪符が地面に落ちると、土塊が猿のような形となり、一斉に身構えた。しかしアズサは余裕の表情で、手の中に生み出した霊符を放り投げた。
霊符が式神へと飛んで行くと、独りでに土塊の身体へと貼り付いた。その途端、数体いた式神たちは、元の土へと戻ってしまった。
「な――!?」
権左右衛門は、唖然とするより他はなかった。式神を作りだし、数の上で有利になってから襲いかかるつもりが、たった一手で灰燼に帰してしまった。
だが、まだ権左右衛門にはまだ、余裕があった。
「式神封じかもしれねぇが、もう持ってないよな!」
式神を作り出す残りの呪符をすべて取り出した権左右衛門は、一斉に放り投げた。
しかし七枚ほどもあった呪符は、アズサが投げつけた十数枚の霊符によって、式神を形作る前に、文字通り灰燼に帰した。
燃え尽きた呪符を唖然と眺めていた権左右衛門は、このとき初めて、アズサに言いしれぬ恐怖を覚え始めていた。
無意識に左脚を後ろに退いた権左右衛門に、アズサは高らかに告げた。
「さあ、大人しく降伏して、お縄につきなさい! そうすれば、牢獄に入れたあとでも拷問などはしないと約束しましょう。でも抵抗するなら……牢獄での拷問は恋子さんに任せますので」
「……は?」
怪訝な顔をする権左右衛門に、恋子はフフフ……と意味ありげな笑みを浮かべた。
アズサや恋子の余裕な態度に、権左右衛門は気圧されつつあった。しかし、式神が駄目なら他の呪符や、小刀がある。
女の腕力など、たかが知れている――そう判断した権左右衛門は、小刀を鞘から抜き払った。
アズサはそれを見て、小さく溜息を吐いた。
「仕方ありませんね……なら、手加減しません」
アズサが霊符を手に生み出した直後、権左右衛門は駆けだした。
「あんたりをん、そくめつそく――ざんだりはん!」
権左右衛門は略式の遠当て法を放ったが、アズサが身体の前に広げた二〇を超える霊符が、その呪力を弾いた。
だが権左右衛門は構わずに、そのまま突っ込んだ。小刀を腰だめに構え、アズサの隣にいる凰花へと突進した。
権左右衛門の狙いに気付いた凰花が、一歩だけ後ろに下がった。だが、権左右衛門のほうが速かった。
小刀が凰花の左胸に突き刺さる――しかしその途端、凰花の身体は霊符の束となって、権左右衛門に襲いかかった。
「く――そったれっ!」
寸前のところで取り出した呪符が、身体を覆い尽くそうとした霊符を霧散させた。
「は――っ! 呪術を防げるのは、てめぇだけじゃない……ぜ」
権左右衛門は、我が目を疑った。
アズサの手に生み出された無数の霊符が、再び権左右衛門へ襲いかかったのだ。それらも最後の魔除けの呪符で防ぐが、その直後にさらに多くの霊符が権左右衛門へと襲いかかった。
「なぜだ――っ!?」
三度目の霊符の群れに対し、権左右衛門はもう防ぐ手段を持ち合わせていなかった。
霊符は権左右衛門の全身に貼り付くと、金縛りのように身体の力を奪っていった。
「な、なんなんだ、てめぇは……なぜ、そんなに札を持っている……?」
「あたしの仙力は、霊符の無限生成ですから。仙力が尽きない限り、無限に霊符を生み出すことが出来るんです!」
「な――狡いぞ、そんなの……」
「狡くありません!」
ぴしゃりと権左右衛門の文句を否定してから、アズサは恋子と目配せをした。
「さて、あなたはこのまま、嶺花さんの屋敷の地下にある、牢獄へと入って頂きます。そして調き――もとい、尋問は恋子さんに行って頂きますので、そのつもりで」
「……はい。心配しないで……下さい。とろけるように、そして甘美な感覚――になるように努力しますので。大丈夫です……こういったことを実際にやるのは初めてですが、頭の中での予行練習は十二分に行っていますので」
恋子はそう言って両手に抱いていた、自身の腕よりも太い木彫りのこけしを権左右衛門に見せた。
「……頭の中では、最初にこれを使っても大丈夫でした。これから順番に、二倍、三倍と使っていきましょう。アズサ殿にも、すうぱあまっちょ君一号を用意して頂きます。こちらもお楽しみに」
「……は?」
なにを言っているか、意味が分からない――権左右衛門は、そんな表情だった。
この日より、地下牢を兼ねた監獄から、夜な夜な男の絶望感に打ち拉がれた絶叫が聞こえると、人里では噂になった。
それから二ヶ月もすると、その絶叫の様子が変わっていったという。
嶺花やアズサは牢獄内の尋問については、関与していないと答えるだけだった。恋子も監獄内の出来事については黙秘を貫いたため、内情を知るのは当人たちだけだった。
ただ――これを境に恋子の描く春画は、その描写の精細から売り上げが倍増したとかしないとか。
そんな話題が巷で囁かれるようになるのであった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
凄惨な……事件でしたね。と言う回になりました。
余談ですが、この作品において、一番のチートはアズサの能力だと思います。ほぼほぼ何でも出来る堅護の神通力もアレですが、アズサは数で押せちゃうんですよね。
とにかく権左右衛門氏サイドはこれにて終わり。あとは堅護と墨染・安貞側となります。
ちなみに、権左右衛門の後日談とかは出てきませんので、あしかず……。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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