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第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く
一章-2
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馬車を乗り継いで、移動すること二日。
昼過ぎに、俺はプアダへと入っていた。宿場町というだけあって、街の出入り口には昔ながらの旅籠を始め、最近建築されたと思しき三階建てのホテルまで並んでいた。
遠く北東側には古い建物が並んでいるけど……なんだろう、あれ。
土産物屋や食事処――そういった店を眺めながら、馬車は広場へと向かった。幽霊屋敷の詳細を知るというサーナリア・アンカルスの住まいは、地図によれば広場から北にある。
広場の西側で、俺は馬車を降りた。
荷物はバック一つしかないし、徒歩でも苦にならない。仕事が長期になると着替えがやばいけど、そのときは洗濯しながらやっていくしかない。
広場は町の住人と旅人が混在しているらしく、呼び込みなんかも盛んだ。
「よお、兄ちゃん。旅の人かい? 良い酒場があるんだけど――」
「いや、これから仕事なんで」
青い服を着た小汚い若者を追い払うと、俺は歩き出した。しつこく近寄って来そうだったけど、少々ドスを利かせた、しかし出来うる限り穏やかに断ると、すぐに理解してくれた。
〝後学のために聞いておきたいのだが。棺桶に入りたくなきゃ黙ってろ――というのは、穏やかな言い回しなのか?〟
「ああ、そこは気にしたら負けってことで。どうせ、碌なヤツじゃないし」
〝ほお……どうしてだ?〟
ガランの問いかけに、癖のせいか肩を竦めてしまった。指輪から魂が出ていない状態じゃ、ガランには見えないってのに……つい、肩を竦めたり、頷いたりしてしまう。
そんな自分に苦笑しながら、俺は問いに答えた。
「客引きにしては、薄汚れてていたからね。あくどい商売してる店か、近づいて来て財布やら荷物を奪おうって輩だと思うんだ」
〝なるほどな……過去の経験が生きてるようだな、トト〟
「まあね……ま、穏やかに追い返したほうじゃない?」
少なくとも実力行使をしていないんだから、穏やかな部類である。
宿や旅人目当ての店が集まっている場所はともかく、広場から北側は人通りも少ない。呼び込みなんかもいないから、歩きやすくて助かる。
この辺りはそこそこに古い家並みだけど、屋敷が多い。まあ、領主と知己みたいだから、アンカルス家っていうのも良家なんだろう。
そんな俺の予想通り、目的地はこぢんまりとしたお屋敷だった。
庭と赤煉瓦の三階建ての家屋。門は鉄の格子で、警備隊の制服を着た門番が一人。町の首長――ではなさそうだが、顔役とか役員の家系かもしれない。
紹介状を見せて中に通してもらい、応接室で面会が叶った……わけだが。俺の前に腰掛けたサーナリア・アンカルスは、開口一番に言い放った。
「……本当に、あなたなんかで幽霊屋敷の調査ができますの?」
豊かなブルネットの髪は四本の赤いリボンで飾られている。鮮やかなブルーアイに、見るからに滑らかそうな白い肌。年の頃は、俺とそう変わらない――精々、二つ三つ年上ってところだろう。
サーナリア嬢は美少女ではあるが、その勝ち気さが表情や顔つきに表れていた。
質素だけど平民が着るよりは質の良いドレスは紺色で、豊かな胸元が大きく開かれたデザインだ。
俺は丁重に心の中の怒りを抑えながら、鷹揚に頷いた。
「ジョーンズ伯に推挙された以上は、しっかりと対処させて頂きます」
「……まあ、ヤハージ・ジョーンズ様にはお世話になっておりますし? 状況も状況ですから。仕方ありませんが、あなたにお任せすることに致します」
俺は持ちうる愛想笑いを最大限に発揮させながら、サーナリア嬢に一礼した。
心の中ではサーナリア嬢に、『心を込めた罵詈雑言で、一生もののトラウマを植え付けたい』衝動を抑えるのに必死だったわけだけど。
第一印象は、きっとお互いに最悪だった。それでも、最低限の情報は提供してくれた。
幽霊騒動が起きているのは、町の北東にある廃墟だという。
最初に異変が起きたのは、十五日ほど前ということだ。夜も更けたころに、廃墟からネズミや虫の類いが、なにかから逃げるように表に出てきたという。
その次の日から夜な夜な、朧気な光が廃墟内を彷徨っている――という噂が出始めた。実際に光を見た者もいるようで、話によればランプや焚き火とは違う、青白い光が動いていたということだ。
昼間に警備隊が廃墟を捜索したが、人影はなかったという……。
警備隊の隊長は幽霊など信じていないのか、早々に捜索を打ち切ってしまった。どうやらサーナリア嬢は、それが不服らしい。
「幽霊が出るなんて噂が広まれば、町に旅人が来なくなりますわ。」
旅人の落とす金で、宿場町は成り立っていると言って過言ではない――のだろう。ほかにも産業はあるんだろうけど、町の主な収入源は、やはり旅人のようだ。
「あとは、町の周囲に廃墟がいくつかある程度。なにもない町ですもの」
田畑と酪農も規模は小さく、食料さえ近くの村々との交易で成り立っているらしい。
俺は廃墟の場所と、廃墟を捜索した警備隊の名を聞くと、早々に屋敷を出た。早く調査に出たい――わけではなく、単に居心地の悪い屋敷から逃げ出したかっただけだ。
町に戻った俺は、とりあえず宿を探した。少し高額だったけど、鍵とかしっかりとかかる、三階に空き部屋のあったホテルだ。
正直、宿場町っていうと物取りとスリと詐欺に気をつけないと、あっという間に無一文になるってイメージしかない。前世の日本は比較的安全だった記憶があるが、ここは異世界だ。そんな気分では生きて行けないのである。
どうやって夜まで暇を潰そう――と思ったけど、一つだけやることを思い出した。
俺は警備隊の詰め所を訪問すると、サーナリア嬢から聞いた隊員の名を告げた。
しばらく待っていると、若い隊員がやってきた。
顔のそばかすのせいで若く見えるけど、多分二十三、四歳の青年だ。赤毛を短く切り揃え、瞳は暗い緑色。少し大人しそうな印象を受けるが、そこそこに鍛えてはいるらしい。
腕まくりした制服から、逞しい腕が伸びていた。
「えっと……トラストン、さんですか? わたしがケイン・エイシーンです」
「トラストン・ドーベルです。急にお呼びだてして、すいません」
軽く握手を交わしてから、俺とケインは詰め所の隅にあるベンチに腰掛けた。
「サーナリア・アンカルス嬢の依頼で、幽霊屋敷の調査をすることになりまして。前回の調査は、あなたも参加したと聞いたものですから」
「ええ……確かに。ほかの隊員は入れ替わりとかしましたが、わたしは最初から最後まで参加しておりました」
「入れ替わり――? どうして」
「いえ、体調を崩した者が出まして……わたしは、なんとか平気だったんですけど」
……少し、言葉を濁したかな?
どうやら気楽に情報を仕入れる、という状況じゃなさそうだ。俺は意識を切り替えると、次の質問を組み立て直した。
「ケインさんも体調は悪かったんですか?」
「え? そうで――いえ、大したことは」
「同僚の方々は、病院に運ばれたんですか?」
「あ、いいえ。そんなに酷いものではなかったので。少し気を落ち着かせる――あ、本当に、大したことじゃなかったんです。ただ、大事をとって調査から外れただけです」
ケインの態度は、あからさまになにかを隠している。大したことじゃないとは思うけど、こうもあからさまだと、気になってしまう。
話の内容から、外傷やガスなどの中毒症状ではなさそうだ。なにか、変なものでも見たのかもしれない。
それが幽霊だって確証はないけど、現状では唯一の手掛かりだ。俺はわざと溜息を吐いてから、気が重いという表情でケインとの会話を続けた。
「あのですね。こちらは、あなたがたが調査を中断した廃墟に入るんですよ? 情報は正確に出して貰わないと、こちらの身が危険なんですけど。もし、情報を隠されたまま廃墟に入って、生きて戻れなかったら……責任をとって頂けるんですか? 恋人――だって悲しむと思いますし」
こんなことでクリス嬢との関係を利用したくないけど、こっちも無い知恵を絞って交渉しているのだ。
……少し罪悪感があるから、今度会ったときに謝っとこう。
とにかく、俺の誠実――な説得が功を奏したのか、ケインは躊躇いながら、俺に小声で話しかけてきた。
「……これは、警備隊の恥だから、他言無用にして欲しいのですが」
「そのあたりの約束は守ります」
「是非、頼むよ。その、なんだ。体調が崩れた隊員たちは、みんな怖くて逃げ出したんです」
「怖くて逃げ出したって……廃墟の捜索は夜にやったんですか?」
「いや、昼間ですよ。だけど……その、体調が悪くなった二名の隊員は、急に怖くなったみたいです。少しとか、気分的にとかじゃなく、もの酷い恐怖にかられたようで。一人は恐慌状態だったみたいですね。わたしは……ほかの隊員とは別行動だったから、正確なところはわかりません。隊員たちも、訳が分からないって言ってたので、原因とかは不明なんです」
「……なるほど」
廃墟を捜索していて、怖くなったから逃げ出した――というのは、確かに警備隊の沽券に関わる話かもしれない。隠したい気持ちも理解できる。
「それでは、その件が原因で調査は中止に?」
「いや、調査中止は隊長の判断なんです。ドレイマン・アンカルス隊長といって、元々は騎士の家系でね。この町では、不死のドレイマンって異名で呼ばれてます」
「不死――? まさか」
「あ、いや。不死っていうのは、もちろん比喩ですよ。少し前になるかな……ごろつきの集団が、町の外にある遺跡に住み着いたことがあって。その討伐に出向いたとき、遺跡が崩れたんですよ。隊長は生き埋めになった――って思っていたんですが……七日後に、大怪我をしながらも生還したんです」
「ああ、それで不死鳥――」
ポン、と手を打ちかけた俺は、あることに気づいた。
「あの……隊長の名前、アンカルスって言いました?」
「ああ、そうですよ。ドレイマン・アンカルス隊長。君の依頼人であるサーナリア嬢は、隊長の娘さんです」
ケインの返答を聞いて、俺は呻きたい衝動に駆られた。
娘が気にしている廃墟の調査は、その父親が調査を中止にしていたとは。なんだろう、板挟みになる予感しかしないんだけど。
無意識に出てしまった俺の沈痛な溜息に、ケインは気の毒そうな顔をしていた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
サッカー、日本のジャイアントキリングでしたね。まさか、一位で予選リーグ突破とは……ジャッジの進化も含めて、良い試合でした。
まあ、リアルじゃ見てませんけどね。出勤中で、さらに運転中でしたし。
出勤して現場の準備をしているときに、事務所でテレビを見てる人から、日本勝利を知ったわけですが。
……いいから仕事せえ。
と思ったのは内緒です。
内緒ですよ? 事務所にいるの上司ですから。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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