124 / 179
第六章 忘却の街で叫ぶ骸
三章-1
しおりを挟む三章 正直者を嗤う
1
目がさめた。
おなか空いている……ゆっくりと目をあけたけど、視界はまだぼやけていた。ふと、ひとかげが目のまえにやってきた。髪もながいし、服とかをみても女性みたいだ。
ああ、そうか……。
顔をよせてきた人影に、胸の奥にワクワクとした感情があふれてきた。
「ママぁ、カレーはできた?」
「ト――トト!?」
その人があわてたように、身体を揺らしてきた。
呼ばれた名前は……俺の名前? あれ?
その思考を切っ掛けにして、意識がはっきりと覚醒してきた。痛む左腕を庇いながら俺が上半身を起こすと、今にも泣きそうな顔をしていたクリス嬢と目が合った。
「あれ……クリス嬢? 俺はえっと……」
状況を把握しきれずに俺が戸惑っていると、少し離れた場所にいたサーシャ嬢が表情を無くした顔で言った。
「あなたたち……二人っきりのときは、そんなことをしていたの?」
そんなことって、どんなこと?
俺が戸惑っていると、質問の意味がわかったらしいクリス嬢が、わめくように応じた。
「してません!」
「なんだ……そういうプレイはしてないのか」
露骨に馬鹿笑いを我慢しているクレストンに続いて、エイヴが首を傾げた。
「……おままごとしてるの?」
「だから、そういうことはしてません!」
必死に否定しているクリス嬢の声を聞きながら、俺の脳裏にイヤな予感――いや、ほぼ確信に近いけど――を覚えていた。
俺は徐々に顔が赤くなるのを感じつつ、クリス嬢に訊いた。
「あの……俺、なにか変なことを口走りました?」
そんな俺の問いを引き金にして、室内は大笑いの渦に満たされた。
クレストンやサーシャ嬢、エイヴはもちろん、クリス嬢までもが泣き笑いのような顔をしていた。
笑っていないのは、俺だけだ。
……あ、これは、完全に、やらかしたやつだ。
朧気な記憶が頭の中を駆け巡り、俺は赤面するしかなかった。
まあ、そんなこんなで。
俺が無事に覚醒したことで安心したのか、クレストンやサーシャ嬢は部屋から出て行った。エイヴは残りたかったようだが、「二人っきりにさせてあげましょ」と諭したサーシャ嬢に連れられていった。
部屋に残ったクリス嬢に、俺は躊躇いながら話しかけた。
「あの……俺はなにを言ったんです?」
「えっと……それは」
クリス嬢は少し頬を染めながら、どこかモジモジと身体を揺らしただけで、問いに答える気配はなかった。
仕方なく、俺は胸元にかかったままの竜の指輪に触れた。
「ガラン……俺ってなにか口走ったの?」
〝あ、ああ……普段とは、あまりにも異なる様子……いや、まるで別人のようなことを言っていた……が〟
どこか、どん引きしたのを引きずったような口調に、俺は頭を抱えたくなった。
今なら、太宰治の気持ちが少しわかる。
……産まれてすいません、穴を掘って地中に埋まってたい。
俺が落ち込んでいると、クリス嬢がベッドに腰掛けてきた。
「カレーとか言ってましたけれど……前世の夢でも見たんですの?」
「夢……いや、その、なんか記憶が蘇った感じですけど」
「あの、もしかして死ぬ直前……とかですか?」
「いやその、勘弁して下さい。まだ小さかったときの記憶です、多分」
記憶が朧気だから、はっきりとは言えないけど。
俺が右手で熱くなっている顔を覆っていると、クリス嬢は数度の深呼吸をしてから、真顔になった。
「……無茶をし過ぎですわ、トト。毒を身体に受けるだなんて……ユニコーンから聞きましたけれど。ツノの代わりに人間の身体で、毒をろ過だなんて」
「……すいません。あれしか思いつかなかったもので」
「今回ばかりは、謝ったくらいでは許せません」
クリス嬢はそう言って、俺に上目遣いの顔を向けてきた。
流石に怒らせてしまったのかと思っていたが、そんな目をしていない。怒りより、なにか悪戯っ子のような目をしている気がした。
俺が続きの言葉を待っていると、クリス嬢は組んだ指をモジモジとさせながら、頬を染めた。
「先ほどの口調で、わたくしの名前を呼んで頂けたら……許して差し上げますわ」
「先ほどの口調って……?」
「あの……ママって、甘えるような感じで……母性本能がくすぐられたといいますか、とても可愛らしかったですよ」
俺は、クリス嬢の言葉を全部、聞いていなかった。
もう、なんか、あれだ。ガランもどん引きするわけだ、これ。完全にやらかしてるじゃないか……。
俺は顔を真っ赤にさせながら、右手で顔を覆った。
「すいません、勘弁して下さい。なんでもす――いや、ドラグルヘッドに帰ったら、どこか食事でも行きましょう。俺が出しますから、それで許して下さい」
ヤバイ。焦りすぎて、『なんでもします』と言いかけてしまった。
クリス嬢だけなら問題はないけど、背後にローウェル伯爵の影が見えるからなぁ……そえが無ければ、ほんとなんでもするのに。
とはいえ、こんな話を延々とするわけにもいかない。俺は少し落ち着いてきてから、クリス嬢の隣に座った。
「俺は、何日くらい記憶がなかったんです?」
「まだ、あれから一日しか経ってませんわ。ユニコーンは、毒はもうほとんど抜けたと言っていましたけど、全然起きなくて」
なるほど、それで全員がこの部屋に集まっていたわけだ。
みんなに心配をかけた――と思いつつ、俺は質問を続けた。
「それで、ナターシャさんはどうなったんです?」
「記憶は戻ったみたいなんですけれど、錯乱してしまって。あの看護婦さんに、対処をお願いしてあります。わたくしとクレストンは、あなたをここに運ばなくてはなりませんでしたし」
「そうですか……」
俺は僅かに視線を上げながら、溜息を吐いた。ナターシャを救う絶好の機会が、俺のせいで失われたわけだ。
押し黙った俺の手に、クリス嬢が右手を添えた。
「自分を責めないで下さいね、トト」
「え? ああ……そこまで殊勝じゃないですよ。ただ、次はどんな手段が使えるのか、考えていただけです」
「あなた……まだ諦めないつもり?」
「サイクロプスの件だってありますし。それに、この町に遊びに来た訳でもありませんからね。折角、手掛かりの一つを掴みかけているんですから。このまま諦めるのは、損ってものですよ」
「手掛かりって……証拠ではないの?」
俺はクリス嬢に頷くと、自分の頭を突いた。
「ユニコーンの力でナターシャの記憶が戻り、逆に俺の記憶が失われた。これで判明したのは、記憶を失う原因が病院で投与されてる薬物かも――ってところまで。あとは、なにか決定打があれば、手掛かりじゃなくて証拠になるんですけど」
答えながら、俺は荷物に忍ばせた二つの小瓶のことを思い出していた。
一つは阿片だけど……問題なのは、もう一つ。正直、薬学とか専門外だしな……調べたところで、中身の正体がわかるかどうか。
だけど、やるだけやってみるしかない。
頭の中に思い浮かんだ案を実行するのは、最後の手段に取っておきたい。
「とりあえずは、調べ物がしたいですね。この街に図書館とかあるんですっけ?」
「さあ……それは、わたくしにも。宿の人に場所を尋ねてきますから、待っていて下さいね」
クリス嬢は一度は立ち上がりかけたが、すぐに座り直して俺に身体を寄せた。
……勢いよく重ねてきた唇を離すと、クリス嬢は俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「もう、無茶はしないで下さい。お願いですから……ね?」
「は……はい。わかりました……」
このときの俺は、毒気の抜けた顔をしていたに違いない。クリス嬢は少し照れたように微笑むと、部屋から出て行った。
俺が起きたのは、昼を少し過ぎたころだったらしい。
昼食を食べてから、俺はクリス嬢と図書館へ向かった。宿の主人が言うには、かなり古い建物らしく、観光の名所であるらしい。
それなら目立つから、探すのはそれほど難しくないはずだ。俺はクリス嬢とそんな話をしながら図書館へと向かったのだが――。
建物自体は、すぐに見つかった。角張った建物は三階建てで、大昔の砦を改築したものらしかった。
宿の主人が言ったように、周囲に観光客らしき人はいた。
だけど――図書館自体は閉鎖されたらしく、その門は固く閉ざされていた。
------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
思春期のころに間違えて、教師やコンビニのおばちゃんなんかに「お母さん」とか言っちゃうのは、きっと黒歴史。
そんな気がするのは自分だけでしょうか?
今回の一件、きっとトトの黒歴史として刻まれることでしょう。
……ああ、忘れたい(汗
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
0
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる