転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました(完結)

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
145 / 179
最終章前編

二章-3

しおりを挟む

   3

 俺がラントンの街に戻ってから、三日後の昼前。
 ジャック商会が所有する馬車や荷車の列が、軍の駐屯地へと向けて街の通りを進んでいた。俺は最後尾から二つ目に位置している、荷車を必死に押していた。
 薄汚い上着を羽織った俺は、穴が空いている帽子を目深に被っている。パッと見、トラストン・ドーベルとは見えない……はずだ。
 少しだけ、自信を無くしているとこだけど。まあ、それはさておき。
 結局のところ、従業員として雇われるというのが、一番無難な潜入方法――ということに落ちついた。
 それが、昨日の朝のことだ。
 新人のやることなんて、大体が雑用か力仕事だ。
 そんなわけで、俺は昨日から一日二回、駐屯地までの荷運びをやっていた。これがまた……純粋な力仕事なわけで。
 一日が終わったあとの疲労感は、並大抵のものじゃない。手足の筋肉痛どころか、指先までが痛い。
 食欲はあるが、固形物よりも汁物を欲していた。それだけ、汗で水分が出てるってことらしい。
 まあ、色々と言いたいことはあるけれど……その一番にあげるのは、ここにマーカスさんがいないことだ。


「すまないが、どちらかといえば頭脳労働専門なんだ」


 そう言ってたけどさぁ……俺はいつから肉体労働専門になったんだ? そんな感じに扱うなら、二度と知恵なんか貸してやらねーからな!

 そーゆーとこやぞ! 人に嫌われるの!! 

 ……とまあ。心の中だけで、盛大に文句を言ってるわけである。


「押せ!! ほら、もっと押せ!」


 荷運びの頭が、荷運びをしている少年たちに檄を飛ばしている。
 情報収集のための潜入だからといって、割り振られる仕事は熟さなくてはならない。そんなわけで、俺も一生懸命に仕事をしているわけである。


「止まれっ!!」


「止まれ、止まれぇっ!!」


 指示を出していた男たちが、口々に停止を呼びかけた。
 俺は少年たちと一緒になって、荷台を停止させた。肩で息をしていると、横にいた二人の少年たちはガックリと項垂れていた。
 誰か見ても、疲れ果てているのがわかるだろう。
 俺が視線を上げると、先頭の馬車にいるジャック商会の社長が、検問の衛士と談笑していた。
 数分ほど経ってから、再び移動の指示が出た。
 俺は少年たちと荷車を押しながら、駐屯地へと入っていった。軍人たちが往来する中を進むと、倉庫番へと続く列に並ぶことになった。


「つかれた……おい、ちょっと休もうぜ」


 隣にいる少年たちは、この待機時間で休憩をしようとしていた。だけど俺には、やるべきことがあった。
 怪しまれないよう気をつけながら、俺は周囲を見回した。
 兵士の顔を覚えつつ、前方で員数チェックをしている品々を確認し始めた。大半は食料だが、日用品も混じっている。
 その中に、衣類があるかどうか――確認をする第一の目的は、それだ。
 次に、兵士たちの人相だ。
 誰とどこで出くわすかわからない以上、兵士の顔を覚えておくのは重要だ。街中だけでなく、街の外――例えば、スコントラード国の領内で、工作活動をしていたりしたときなどだ。
 髭を生やした赤毛に、顎が前傾になった眼鏡。白髪交じりの七三分けで、不機嫌そうに口を一文字にした、部下に威張り散らかしている糞野郎など。
 そんな、色々な兵士たちの顔を覚えていると、前の荷車が進み始めた。


「おお……い。押すぞ」


 力のない声の少年に頷くと、俺は荷車を押し始めた。
 倉庫に向かう途中、壁にスコントラード軍の特徴が描かれた板が置かれていた。やけに目に付く場所に置いてあるからか、荷台を押す少年たちは、その図をチラ見していた。
 それから一〇分ほど経って、ようやく俺たちの番になった。
 荷台の荷物は、小麦とジャガイモだ。くそ……重いヤツばかりだ。
 ともかく、荷を倉庫に運んだ俺たちは、文字通り重荷から解放された。空になった荷台を押していると、ふと視線を感じた。
 一体どこから……と思っていると、一際大きな天幕の外に、将校らしい軍服を着た男が立っていた。
 その背格好には、なんとなく見覚えがあった。

 ……まさか、あのときの?

 ファーラー市で暗躍していたマンティコアを葬った大男。あの将校の体型は、その大男に良く似ていた。
 こういうときに、なんで俺はガランを連れてこなかったのか。後悔先に立たずなんだろうが、となると幻獣に俺の存在を知られてしまい、最悪は先制攻撃を受ける羽目になるだろう。
 俺はあまり天幕のほうを見ないようにしながら、荷車を駐屯地の外へと出した。
 全員が揃ってジャック商会に戻る途中、街の至る所にスコントラード軍の軍服が描かれた看板が立っていた。
 こうもスコントラード軍の軍服が描かれた看板があると、街の人々も覚えちゃいそうだな……。
 いや、それが目的なんだろうけど。
 それが……目的、か。
 いくつかの可能性を頭に思い浮かべながら、俺はジャック商会への道を進んだ。
 今日の仕事は、これで終わりだった。日当を貰った俺は、まっすぐに宿に――は、戻らなかった。
 普段とは違う道を進み、人混みに紛れるようにして、路地裏へと入った。
 物陰に潜むようにして、しばらく待ってみる。

 ……誰も来ない、かな?

 一応、尾行を警戒したんだけどな。それが杞憂に終わるなら、それでいい。
 俺は裏路地を通りながら、もう一度だけ同じことをやってみた。それでも尾行らしい人影は現れなかった。
 俺は裏路地を小走りに駆け抜けると、泊まっている宿に戻った。
 部屋に戻ると、新聞を読んでいたマーカスさんとクリス嬢が、俺を出迎えた。


「おや、トト。おかえり」


「トト、お帰りなさい」


「ただいま、です。えっと……二人して、俺の部屋でなにを?」


「あら。トトを出迎えようと待っていたら、マーカスさんも来ただけです」


 戯けたように頬を膨らませたクリス嬢に、俺は苦笑しながら部屋に入った。


「ところでマーカスさん。この街の中で、スコントラード軍の軍服が描かれた看板が置かれてるんですけど。なぜか知ってますか?」


「え? あ、いや……そうなのかい?」


「そうなんですよ。昨日までは気付きませんでしたけど、今日は何枚か見かけました」


「そうなんだ。でも、すまない。僕は、しらないんだ」


 マーカスさんは、そう言いながら頭を振った。
 となると、推測するしかない。仮想敵の軍服のことなんか、大したことではないかもしれない。だが、されど軍服だ。
 これがどんな影響を及ぼすか。そして、どんなことに利用されるかが、問題だ。
 少し考えていた俺は、ふとマーカスさんの部下のことを思い出した。


「マーカスさん、部下の人たちと連絡をとれませんか?」


 俺の問いに、マーカスさんは目をぱちくりと瞬かせた。


「いや、連絡はとれるけど……どうしてだい?」


 俺はマーカスさんの問いに答えようと口を開きかけて――思いとどまった。
 大した理由はない。ちょっとした意地悪を思いついただけだ。


「いやあ、俺は肉体労働担当なので。そのあたりの解釈は、頭脳労働の人に任せます」


「トト……いや、色々と悪いとは、思ってるんだよ? ただね。本当に、僕は肉体労働に向いていないんだ。喧嘩とかも弱いし」


 マーカスさんの独白に似た返答に、俺は苦笑しながら両手を挙げた。


「冗談なんで、気にしないで下さい。部下の人は、見張り役に欲しいんですよ。スコントラードにある塹壕のあたりとか」


「スコントラードにある塹壕……?」


 怪訝な顔をするマーカスさんに、俺は羊皮紙に三本の線を描いた。
 そして、国境までの距離や街の位置を記していく。


「そうです。今では使われていない、塹壕があるんですよ。工作員が隠れるには、もってこいの場所です」


「それはいいけど。塹壕なんて、スコントラードの兵士が巡回してるんじゃないかい?」


「戦時中なら、ですよ。砦とかならともかく、塹壕ですからね。両国の緊張が高まっているならともかく、平時においては兵士なんかいませんって。なにか工作活動をするなら、こういった場所は便利でしょうから」


「了解だ。二、三日かかると思うけど……呼んでみるよ」


「てか、そんな近くにいるんですね」


「まあ、ね。なにがあるか解らないから、近くの街で待機させている」


「それは、心強い」


 俺は話を終えると、椅子からベッドに移動した。


「トト?」


 呆れたような、それでいて苦笑しているような――そんなクリス嬢に手を振りながら、俺はベッドに横たわった。


「……疲れてるので、ちょっと横にならせて下さい」


「はいはい。わかりました。御食事の時間になったら、起こしますから」


 クリス嬢は俺の頭の横に腰掛けると、横に伸ばした俺の手を掴んだ。


「それまでは、こうさせて下さいね」


 手の平から、クリス嬢の体温が伝わって来た。
 それにどことなく安堵感を覚えながら、俺は睡魔に身を委ね寝ていった。

-------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

塹壕というと……あれです。スナイパーライフルで一丁で日本刀と対峙するという、BF1のトラウマを思い出します。

なんともなりませんわ……あれ。

『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も、宜しくお願いします!

読んで頂いている方々におかれましては、感謝しか御座いません。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜

みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。 …しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた! 「元気に育ってねぇクロウ」 (…クロウ…ってまさか!?) そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム 「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが 「クロウ•チューリア」だ ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う 運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる "バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う 「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と! その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ 剣ぺろと言う「バグ技」は "剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ この物語は 剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語 (自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!) しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...