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最終章後編
五章-3
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ドラグルヘッドの街にある安普請のアパート。
その三階にある一室に、二人の男がいた。黒に近い色の背広を着た赤毛と金髪の二人組は、マーカスの部下である。
二入は交代で、窓からトラストンの店を監視していた。
やがて日が暮れて夜になると、予め買ってあったパンやチーズなどで食事を摂りつつ、監視を続けた。
赤毛が欠伸を噛み殺しながら、窓の近くにいる金髪に話しかけたのは、午後八時を過ぎたあたりだ。
「しかし、マーカスも容赦ないねぇ。トラストンって、俺たちに協力して大怪我を負った、あの小生意気な小僧だろ? なんで監視なんかさせるかね」
「……そうは思うが、なにか考えがあるんだろ。文句を言っている暇があれば、仮眠でもしてろ。おまえが寝てなかろうが、あと三時間で交代だからな」
金髪に窘められ、赤毛は床に敷いた毛布に寝転がった。
「はいはい。それじゃあ、お休み――」
「いや、待て。動きがあった」
金髪の声に、赤毛は飛び起きるようにして窓に近寄った。
二人の視線の先では、店側ではない玄関から、外套を羽織った人物が出てきたところだ。
「トラストン……か? 外套を着るようなヤツじゃないと思うが……」
「だけど、あの家はあいつの持ち家だ。疑う余地はねぇ。下に出たら、合図を頼むぜ」
赤毛は帽子を目深に被ると、早足に部屋を出た。
階段を駆け下りた赤毛はアパートから外に出ると、金髪のいる窓を仰ぎ見た。灯りが二回だけ点滅するのを見ると、赤毛はそのまま南へと向かう道へと歩き始めた。
*
顔を隠すように外套を羽織ったトラストンは、ドラグルヘッドの裏通りを縫うように、ほぼ真っ直ぐに南へと向かっていた。
裏通りには家々の窓から漏れる灯りもなく、星空の下とはいえ、ほとんどなにも見えないほどに真っ暗だ。
得てしてこうした暗がりには、ごろつきや強盗の類いが潜んでいるものだが、トラストンはそんな危険を気にする様子もない。それどころか、十字路などの分岐で立ち止まっては、物盗りの類いが潜む路地を避けていく。
ガランの魔術は一切、使用していない。それにも関わらず、まるで周囲の景色が見えているかのような動きで、トラストンは裏路地を抜けていった。
通りを挟みながら、裏通りを三本も通り抜けたあと、トラストンは背後の様子を注意深く窺った。
十数秒ほど人の気配――物音や息づかいなどだ――が聞こえてこないのを確かめると、物陰に身を隠しながら、街の南端にある古い倉庫へと近づいた。
大扉の横にあるドアを二回、二回、二回と叩くと、中から解錠する音が聞こえてきた。
僅かに開けられたドアの隙間に、トラストンは素早く身を潜らせた。
倉庫の中には月明かりも届いておらず、顔の前に上げた自分の手すら見えないほどの暗さだ。しかし、トラストンは閉じられたドアから一歩横にずれると、ドアの前にいる女性へと、無言で目を向けた。
その赤毛の女性は妖艶に微笑みながら、小さく肩を竦めた。
「約束を護っていただけて、光栄ですわ――古き王よ」
「エキドアよ。貴様と戯れるつもりはない」
そう言葉を発したトラストンの口調は、まるで別人だった。トラストンと親しいクリスティーナやマーカスなら、それがガランの口調と酷似していると思ったに違いない。
ガランに酷似しているのは、口調だけではない。その表情も、トラストンと組み手をするために造り出す、ガランの幻影とほぼ同じだった。
にべ無い返事のトラストンに苦笑すると、女性――エキドアはトラストンの左頬を右手の指先でなぞった。
「親友と呼んでいた少年の身体は、居心地がよろしいかしら。お答え頂けるかしら――ガラーンニードアーマルクドムン?」
トラストン――いや、トラストンの身体に取り憑いているガランは、乱暴にエキドアの手を振り払った。
「趣味の悪い質問はやめよ。これは――トトを助けるための措置に過ぎぬ」
「ええ。その通りですわ。それが、わたくしが提示した契約の内容ですもの。わたくしが、その坊やを助ける手段を提示する。その代わり、王はわたくしの望みを叶えるために働いて頂く。そういう契約ですものね」
凶弾に倒れたトラストンの手術が行われた日――ガランとエキドアとのあいだで交わされた契約だ。
「その坊やを救うためには王が身体を乗っ取って、幻獣の魂で直接、傷口を保護すればいいんですの。その代わり、坊やの魂は身体の奥深くに囚われでしましますが、傷が癒えてから身体を返せば、あとは元通りですから」
そんなエキドアの説明を、ガランは憮然と聞いていた。
「それは理解している。現に傷を保護しているお陰で、こうして動くこともできている。だが、我が一時的に竜の指輪へと戻っただけで、トトは昏倒するのはなぜだ?」
「それは当然ですわ。なぜなら、王の魂が抜けてしまったら、その身体は瀕死の重傷に逆戻り。手術で傷を塞いだようですけれど、それだけで治る傷ではなかった――それだけですわ。
それより、お仕事の話を致しましょう。無駄話など、我々には意味がないですもの」
促すように歩き出してから、エキドアはふと思い出したように、ガランを振り返った。
「ここには灯りがありませんけれど、周囲は見えていますか?」
「問題ない」
ガランが短く答えると、エキドアは倉庫の中央にある木箱へと歩いて行った。
少し遅れてガランが木箱の前に来ると、エキドアは手にしていた細い石材のような四角い棒を木箱に近づけた。
ボウッと、木箱の隙間から淡い光が漏れ始めると、エキドアはガランを振り返った。
「これがなにか――もちろん、おわかりですわよね?」
「まさか……魂器召喚の祭器か?」
「その通りですわ! すでに、八割ほど集め終わっておりますの」
祭器の欠片を手に、エキドアはガランに微笑んだ。
「古き王――あなたには、祭器の収集を手伝って貰いますわ」
「……しかし、この身体ではさほど自由に動き回れぬぞ。昼間は仕事をせねばならぬし、トトの友人たちがもやって来る。不用意に動けば、怪しまれるかもしれぬ」
「ええ。ですから、夜に動けばいいですわ。魂器召喚の祭器の残りは、この街で見つかるはずですもの」
「街で……?」
怪訝な顔をするガランに、エキドアは祭器の欠片を手で撫でながら、懐かしむような顔をした。祭器の欠片を遠ざけてm木箱から漏れる光を消してから、確認するような質問を投げた。
「王よ。ラーブのことは覚えておりますか?」
「ラーブ、だと?」
ラーブは、ドラグルヘッドの市長である、アントネットの息子の身体を奪っていた幻獣だ。アントネットの心を操って、魂器召喚の祭器を集めさせていた。
あと一歩で幻獣としての身体を取り戻せたのだが、それをトラストンやマーカスに阻止されていた。
最後はガランの力によって、封印されている。
そんなラーブの名を出されて驚くガランに、エキドアは僅かに笑みを消した。
「ラーブは仲間ではありませんでしたが……わたくしの同士でしたわ。幻獣の身体を取り戻し、この世界を支配する。そんな共通の目的を持っておりましたの。そんな彼が、魂器召喚の祭器を集めていたのは、この街。探せば、まだ残っているはずです」
「市長――と言っていたが。その者の屋敷を探せば良いのか?」
「察しが良くて助かりますわ。それに、ここの権力者も隠しているはず……それも見つけ出して下さいましね。契約の名の元に、正しき履行がされることを期待しておりますわ」
挑発ともいえるエキドアの言葉に、ガランは眉を顰めながらも、「わかっている」と頷いたのだった。
*
ガランが立ち去ったと、エキドアはしばらくのあいだ、無言で佇んでいた。しかし、ガランの気配が遠ざかっていくのがわかると、冷酷な笑みを浮かべた。
「ふふ――なんて愚かな王。あの坊やが元通り? そんな都合の良い話が、あるわけないでしょうに」
エキドアは笑い声をあげるのを堪えながら、少し前に奪ったスピナルの首に爪を立て、浅く肌を切り裂いた。
幻獣が死に瀕した人間の身体を奪った場合――人間の魂は、完全に消滅してしまう。正確には幻獣の魂が、人間の魂を少しずつ浸食してしまうのだ。
日数にして二、三ヶ月もすれば、人間の魂はすべて取り込まれ、身体の所有権は完全に幻獣のものとなる。
そのあいだ、身体の持ち主の魂が目覚めることはない。魂の強さだけなら、人間よりも幻獣のほうが強いからだ。
「それが、この世界の法則――誰も抗えない法則だというのに」
エキドアはトラストンの魂が消滅する様子を想像して、喜悦の表情を浮かべた。
「幻獣としての身体を取り戻し、あの坊やの魂が消滅すれば――わたくしに仇為せる者は、この世界からいなくなる。わたくしは晴れて、この世界を支配する王となるのよ!」
そう宣言するエキドアの声が、無人の倉庫に響き渡った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
最後の宣言を入力後、「それっておかしくなかな?」とか書きたくなった今回でございます。
アニメは見てませんが、ネットミームとして有名すぎる……。
とまあ、そんなわけで三人称は続きます。仕方ないですね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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