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寄り道の話
しおりを挟む「もういいんですか?」
夫が声を立てて笑った時にきゃあ、と声が上がったのは聞かないようにして手を洗いに行って戻った私の手を引いて、夫は帰り支度を始めた。
「うん、また後日警察署にいかないといけないけど、今日は帰っていいって。
シャワー浴びてくるけど車に乗って待っとく?ここで待つ?」
「あ、じゃあ車で。」
怪我をしている夫を気遣うよりも下らないやきもちが顔を出してしまいそうで自分が嫌になった。
簡単に案内されて地下駐車場に出ると、天気予報が外れて明け方には上がった雨の残りで湿度高めのひんやりとした空気に少しだけ胸が落ち着いた。ロックを解除して助手席に乗り込むと、夫の香りのその密室はとんでもなく居心地が良くて、座席に沈み込んでゆるりと目を閉じた。
初めて人を叩いた。自分にこんな過激な面があったことにまだ驚いている。
早く家に帰って、あの二人だけの部屋で夫にだきしめてもらいたかった。
夫が待ち遠しくて、つい周りをきょろきょろと見回してしまう。
車を探している男性と目が合って、相手がにこやかに手を振ったので、困惑して頭を下げた瞬間、運転席のドアが開いて夫が勢いよく乗り込んで運転席に座る。
心臓が止まるほど驚いて、私に覆い被さる夫に更に驚いた。
「あ・・・・・・シートベルト・・・・・・。」
「ごめんね、びっくりした?」
かち、とシートベルトをロックする音が、私の手のひらに重ねた夫の手の中で鈍く響いて、私の平気です、
と返した声は掠れていた。
「もう出していい?」
「はい。修司さん大丈夫ですか、運転。」
「うん、もう痛みもほとんどないし、早くここから出たいんだ。」
そう言われると止めようがなくて、地下駐車場から滑り出す車の中で、ただ一瞬お付き合いをした学生時代の元彼の頬を打った右手をぎゅっと握りしめていた。
その手を運転中の夫の左手が優しく包んでくれて、
あたたかくて鼻の奥がつんと痛んだ。
「修司さん、どこか寄るんですか?」
家とは違う方向に流れていく景色に気がついて、夫を伺う。
「うん、少し付き合ってくれる?疲れたら寝ちゃっていいから。
今日は夕飯ももうテイクアウとにしよう。」
夫の提案は魅力的だったので、黙って頷いた。
「香織。」
私は本当に眠ってしまったようで、もう辺りは薄暗く、どこかの駐車場に車は停まっていた。
前方は景色が開けていて、自分たちが高いところにいるというのは理解できた。
「ごめんねこんなところに連れてきちゃって。」
「ごめんなさい私本当に眠ってしまって、ここは・・・・・・?」
「隣町の山上なんだけど、叔母が母と来たことがあるらしくて、一度つれてこられたことがあったんだよね。」
私がまだぼんやりとしている頭を振って夫を見上げると、夫は優しくこちらを見下ろして、体をこちらに向けて、右手の指で髪をよけてくれた。
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