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31・愛でられ係らしい

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 ディルは先ほどから熱心に書類を確認したり、ペンを走らせたりして山となった紙束を軽く叩く。

「しばらく留守にしていたというのに、俺が確認しておいた方がいい事柄はわずかだった。みながそれぞれの役割を理解している」

「それは陛下が帝国の未来まで見据えて、地道に改革してくださっているからです。しかし私が気にしているのは、愛でられ係についてです」

 ハーロルトさんはディルの膝の上で昼寝をする白猫の私と目を合わせると、嬉しそうな困ったような顔をしている。

「平和過ぎる皇城を警備をしている騎士も、書類作成に追われる文官も、ここに来たあとは愛くるしいヴァレリーちゃんの話題で持ちきりですよ」

「そうか? 確かにみなヴァレリーに気付いたようだったが、なにも言わず素知らぬ顔をしていたな」

「怖ろしいはずの魔帝が膝の上にふわもふな白猫をのせて愛でていたら、意外過ぎて誰もなにも言えなくなるのです。文官も警備騎士もその衝撃体験を分かち合い、噂話のように盛り上がっていまして」

「そうか。特に騎士と文官は互いによそよそしい所があったが……会話が弾んでいるのなら歓迎するところだ」

「しかこのままでは、陛下が長年築きあげてきた『最強帝国に君臨する冷酷魔帝』のイメージが、『動物天国の愛らしい猫帝』へ変化してしまうのでは?」

「それは杞憂だろう。建国祭に間に合わせて、俺が皇城に戻ったのだから」

「やはり建国祭に間に合うように戻ってくださったのですね。年に一度とはいえ、建国祭は魔帝の脅威を世界中に知らしめるため、絶好の機会ですから」

「むしろ魔帝として代わりの利かない役は、そのくらいだろう」

「確かに影武者たちも『真似事ならこなせても、実力では陛下の足元すら及ぶわけがない』と口をそろえています……おや。そろそろ謁見の時間が迫ってきましたね。猫帝とならないためにも、謁見はヴァレリーちゃんの愛でられ係をお休みしていただけるでしょうか」

「ああ。ヴァレリーを気軽に人前へ出すつもりはない。しばらく自由にしていてもらう」

 ディルは名残惜しそうに私を抱き上げる。

 そしてハーロルトさんが窓際に用意してくれた、豪華なクッション型の猫用ベッドの上にのせてもらった。

「すぐ戻るからな」

 こんな風に甘い声で囁かれてしまうと、愛らしい猫帝と呼ばれても仕方がないように思えてくる。

 私はハーロルトさんとともに部屋を出たディルを見送った。

 今はディルの体調のために、できるだけくっついて一緒にいるのが魂も安定しそうだけれど。

 建国祭に猫帝を披露しないためには、少し工夫が必要かもしれない。

「ふわぁ……」

 大きくあくびをした私は、ディルが撫でてくれた感触がまだ残っている。

 その心地よさのまま、気づけばうとうとしていた。

 どのくらい経ったのか。

 ふと、あたりのさざめきに目が覚める。




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