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1・婚約破棄された聖女は、悪役令嬢だった前世を思い出す

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「邪悪な聖女レナーテ! 俺は貴様との婚約を破棄する!」

 たった今『元』婚約者となったユリウス王太子殿下の声が、見上げるほどに高く荘厳な大聖堂内に響き渡った。

 彼の瞳には白い髪に赤い目をした十五歳の娘……今の・・私が映っている。

 そして直立したまま、今のように婚約破棄を受けた前世の記憶を思い出していた。

「レナーテよ、言い逃れは出来ぬ。お前の汚らわしい不正は、調べがついているのだ」

 平凡な王子のような見た目をした殿下のそばで、年配の司教たちが顔をしかめている。

 聖職者の白いローブを身に着けた彼らは一様に、芝居がかった動きで嘆いてみせた。

「おお、なんと罪深い……。聖女が清らかな力を人のためではなく、汚い金を得る道具として利用している。その愚かしい行いを認めよ!」

「献金を着服しているのは、あなたたちでしょう?」

 普段口答えなどしたことのない私に、その場にいる全員がぎょっとしてたじろぐ。

 もちろん、ここで暮らしている私にはまだ、思考が働かなくなる嫌な香りが染みついていた。

 だけど取り戻したばかりの前世の記憶が、意識を繋ぎ止めている。

「私はもう、祈りの力をあなた達のために使わないわ」

「聖なる力を持ちながら、教会のために奉仕しないというのか!」

「そうよ。私は以前と変わらず、私の望みのためだけに力を使うの」

 王太子殿下がなにか言いかけたけれど押しやられ、司教たちが我先にと叫んだ。

「なんと欲深い!」

「前世啓示の儀で『処刑された大罪人』を受けるにふさわしい忌まわしさだ!」

「その事実、忘れたわけではあるまいな!」

 もちろん覚えている。 

 最近の国内では『前世を知って得意分野を伸ばそう!』という風潮が高まり、導入に先駆けて利用価値の高い聖女たちが前世啓示の儀を受けた。

 聖女たちは神官や薬草師や聖騎士、中には王女という前世が明らかになり、癒す力を持っていたり身分の高い者が多いようだった。

 執政官たちは「やはり前世の才能が今世でも引き継がれている」「聖女に箔が付く」と盛りあがっていたけれど、私が『罪人』の啓示を受けると、場の空気は一瞬で凍りついた。

 さすがに間違いだろうと、もう一度精度をあげてやり直すと『処刑された大罪人』。

 余計に罪深くなった。

「薄気味悪く黙っていないで、なにか言ってはどうだ!」

「そうだ。前世啓示の儀を受けると、その当時の記憶が蘇り『前世持ち』となる可能性が高まるらしいな。もし罪を犯した懺悔があるのなら、言ってみよ!」

 懺悔?

 悪役令嬢としての人生を選んだ理由も、自分の望みも、もちろん覚えているけれど。

「前世の私はあらゆる人から憎まれていました。悪いことをしました。そして殺されました。全て望んだ結果です」

 悲鳴にも似た、息をのむ声が満ちる。

 そんな風に盛り上げ上手な司教たちの後ろで、目立たないユリウス殿下はおとなしくしているらしい。

 ここからは見えないけれど。

「これが正気の聖女だというのか? なんと醜い魂であろうか!」

「全く、聖女を名乗ること自体が汚らわしい!」

「数多の罪を犯した、邪悪な聖女レナーテ! おぞましい前世を持つお前の聖女としての身分、剥奪することをここに宣言──」

「え? 身分を剥奪されるのはそちらですよ?」

「な、なにを──っ!?」

 突如、閉鎖されているはずの大聖堂に風が駆け巡る。

 同時に司教たちの胸元で雷撃が弾け、聖職者である証明の首飾りが砕けた。

 強い空気圧になぶられ、私以外の者は身を飛ばされないようにと床にひれ伏しながら呻く。

「ひいっ!!」

「一体なにが!?」

「まさか、風属性の魔術! そうか『前世持ち』で獲得した力か!?」

「ありがとうございます。みなさんのおかげで先ほど思い出せました」

「まさか聖女の身でありながら、天の意志に逆らう邪悪な魔術を使うとは!」

「これを言うと聖職者も魔術師も嫌がりますけど。祈力きりょくと魔力は扱い方が違うだけで、元の質は同じなんですよ」

 長い白髪をなびかせた私は軽く跳ねて腰を落とし、気流渦巻く空中に座る。

 前世ぶりだから少し心配だったけれど、魔術は問題なく使えそうだ。

「神聖な祈りと魔術が同じだと? 天への冒涜か!」

 聖女たちの祈りの力に感謝として集まった、多額の寄付を私欲で着服しているのに、よく言うのね。

「それに私の前世は『処刑を受けた大罪人』なんですよ。罪を犯すために悪しき力を持っていても、なにもおかしくないでしょう? 悪事を働けば報復の可能性があるので、それをはねのける力が必要ですから。悪いことを企んでも力が無ければどうなるのか……身をもって知ってくださいね」

「なっ、なにをするつもりだ!」

「感謝を込めて、丁重に外へ放り出します」

「なんと! 穢れた力を操り、由緒ある大聖堂を乗っ取る気か!」

「ここは山の頂で、すぐそこが断崖なんだぞ!?」

「安心してください。上手くいけば全員、おそらく死なないかもしれないはずです、たぶん」

「やっ、やめろ!!」

「ではこれから聖堂が建立されてから初の、歴史的な大掃除をします!」

 私の宣言とともに、窓が一斉に開け放たれた。

 大聖堂にこもった嫌な香りも、隠されていた資料も、司教たちも、勢いよく窓から青空へと飛んでいく。

「いい天気ね。窓を開けて、風を通して……掃除日和ですよ」

 強風にローブをはためかせた司教たちは次々と大空を全身で受け止め、眼下にそびえる森林の上空を舞っていた。

 彼らは「ワー!」とか「ウオー!」とか「キャー!」とか、普通だったり雄々しかったり乙女っぽかったりしながら盛りあがっている。

 表情は驚愕してるけど、それを気にしなければ空を飛ぶ鳥みたいで、気持ちよさそうに思えた。

 見ているだけなら。

「れっ、レナーテ!」

 すっかり忘れていたユリウス殿下は、窓の縁にしがみついて叫んでいる。

 地味で細身とはいえ、司教たちより体力があるらしい。

「レナーテ、落ち着いて考えろ! このまま王太子である俺を窓からポイすれば、国家反逆と判断されてもおかしくないんだぞ! それでもいいのか!?」

「? はい」

「待て待て受け入れるな! し、しかたない……今だけ婚約破棄のことは考え直してやっても、っ!」

 風力を強める。

 殿下は今まで飛んだ人物の中で一番上手に絶叫しながら、はためく紙切れとともに空の彼方へ飛んでいった。




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