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72・迷惑王太子の使い道

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 私は魔帝の私室でディルを待っていた。

 自分の席としてもらった窓の縁に寄りかかって、きらめく帝都の夜景を眺めている。

 思っていたより、ディルの帰りが遅くなっていた。

 体調、大丈夫かな……。

 ぼんやりしていた私の意識に、懐かしい鳴き声が滑り込んだ。

 振り返ると闇の中に、猫がいる。

 淡く発光しているのに、黒い毛並みだとわかった。

「ディル?」

 呼びかけると、黒猫は背を向けて去っていく。

「あっ」

 彼はディルじゃない。

 後ろ足を引きずっていた。

「待っ、」

 部屋の明かりがぱっと灯る。

 別の世界から引き戻されたような気持ちで、私はいつも通りの室内を見回した。

 あの子の姿は見当たらない。

「どうしたレナ。明かりもつけないで」

 カイが走り去った先に、私の待っていた人がいた。

「……ディル、体調は大丈夫?」

「ああ、安定している。遅くなってすまない」

 彼の魂が弱っている気配はない。

 だけど今まで見ることもできなかったカイが現れたのは、一体どうしてだろう。

「遅かったね。ユリウス殿下のことで、てこずったの?」

「いや。王太子の侍女や護衛が驚くほど協力的で、終始順調に進んだ。一連の事情について、聖国の方へ報告もしている。相手国側がどう対応するかはまだわからないが、テセルニア聖国の女王のことだ。王太子を厳しく処罰して謝罪するだろう。もちろん俺からも、レナがもうあいつのことでわずらわされることはないと約束する」

 ディルは私の隣へ来ると、窓から帝都の街を一瞥した。

「しかし従僕として、レナが望まない形で奴と会う結果になったことを、申し訳なく思っている。すまなかった」

「謝る必要はないよ。ディルは私の望みを叶えてくれたんだから」

「レナの望み?」

「そうだよ。私は『ラグガレド帝国は不正をしません。力で制圧せずに、理性的な関係を結べます』って、見てくれた人たちに伝えてほしかったの」

 ディルははっとした様子で、私をまじまじと見つめる。

「……俺に王太子を裁かせたのは、それが目的か?」

「ユリウス殿下が最適任だったから、利用させてもらったの」

 魔帝に恐ろしい力があることは、よく知られている。

 だけどそれを悪用せずに対応していても、誠実さより強さが目立ちすぎて、いまいち伝わっていない気がしていた。

「そうか……先ほどまで忙殺されて考えもしなかったが。俺に対する招待客全体の雰囲気が一変したのはそれか」

「なにかあったの?」

「どうやら今回の一件で、俺は『聖国の王太子の暴挙に対して力を行使せず、不正に対して徹底して理性的な対応をする魔帝』として認識されたようだ」

 そのため、各国の重鎮からは貿易や協定を対等に結べる相手国として、交渉や申し入れが急激に増えたらしい。

「そして俺が王太子に試した初等科魔術書の実験から、各国の夫人たちはその高い教育レベルに興味を持ったらしい。自分の子どもを帝国で学ばせたいという話が次々と出てきている」

「ふふ、楽しみ。帝国はこれから、ますます豊かでおもしろい場所になっていくね」

「そうなるだろうな。各国からの申し込みや相談など、予想外の反響があったのだから。これから忙しくなりそうだと、ハーロルトや配下の者たちがレナに感謝していた」

「私に?」

「王太子の制裁の件もそうだが。実はもうひとつ、人々の変化の理由に思い当たることがある。レナは聖国の王太子に言いがかりを付けられていたのだろう。そのときのことを覚えているか?」









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