8 / 83
1章
8・思い当たることがひとつだけある
しおりを挟む
「少しお会いしただけですが、奥さまの寝言はセルディさまの名前ばかりでした。話を聞いた感じもあなたのことをひたすらお慕いしているようですが、理由がよく分かりません。彼女の考えを把握するためにも、具体的にどのようなやりとりをしたのか、聞かせていただけますか?」
「俺は『答えなければ剣を抜く』と脅して詰問した。『婚約破棄された魔女か? 精霊を奪ったのか? 愛するつもりはないが、夫だ。精霊を渡せ』といった具合に」
「え、最低ですね」
「……その通りだ」
罪悪感に満ちた様子で肯定するセルディに対し、バートは「ずいぶん気にしてるようですが」と率直に指摘する。
「まぁ相手は強大なドルフ帝国を破滅に追い込んだとされる、あの悪名高い魔女ですからね。御さねば民が苦しみ国が滅ぼされかねないと、命がけの思いで対峙したのでしょうから。事情はわかります」
「しかしその態度で憎まれるどころか、エレファナが俺に対して、飛躍し過ぎなほど好意的だったのは事実だ」
家族ができたと喜ぶ、エレファナの笑顔と出会いの一連を思い出すたび、セルディの胸の奥で重苦しいものが疼いた。
(どう考えても、謝罪するべきだな)
「ところでバート、口元がむずむずしているようだが。なにが言いたいんだ?」
「はい。セルディさまに好意的な魔女は、あなたの人柄をすでに見抜いていたのかもしれないと思いまして」
「朴念仁か」
「誠実性です」
セルディはひとつ息をつく。
「……思い当たることがひとつだけある。エレファナは家族に憧れているらしい。だから夫ができたと聞いただけで喜んでいる節があった」
バートは顎に手を当て「あぁ、もしかすると」と、声を上げた。
「それ、すりこみではありませんか」
「すりこみ? それは……生まれたばかりの雛鳥が、初めて見た相手を親鳥だと信じ込んで懐くという愛着行動のことか」
「そうそう、それです」
「俺は親鳥ではなく夫のはずだが」
「つまり彼女はセルディさまが夫だと聞いて、愛想が無さすぎるところも生真面目すぎるところも、全部良い方向に解釈して、信頼してくれているのではないですか?」
セルディの脳裏に、自分が歩く後ろを雛のような足取りでついてくる、嬉しそうなエレファナが浮かんだ。
「なるほど、夫に対する愛着行動という解釈なら妙にしっくりくる。しかし親との関係が子に大きな影響を与えることを踏まえれば……親鳥、いや夫との関係はエレファナにとって重要だ。もちろんエレファナと魔力を繋げている精霊にも」
セルディは幾度も聞いたことがある、非道な夫との関係悪化から破滅や復讐の道を選ぶ夫人の話を思い出して、ぞっとする。
「無条件で信頼されるというのは、なかなか恐ろしいな」
(しかもエレファナは、恐怖の対象として語り継がれるほどの魔力を保持する伝説の魔女だ。俺の影響で彼女の心が歪めば、世界の脅威にすらなるだろう……)
考え込んでいるセルディの心情を察し、バートは笑いかける。
「大丈夫ですよ。先ほどの奥さまは気を失っていましたが、セルディさまの寝言を呟かれるお姿は、本当に親鳥の……いえ。夫の存在に安心しきった、やさしい表情をされていましたから」
「俺は『答えなければ剣を抜く』と脅して詰問した。『婚約破棄された魔女か? 精霊を奪ったのか? 愛するつもりはないが、夫だ。精霊を渡せ』といった具合に」
「え、最低ですね」
「……その通りだ」
罪悪感に満ちた様子で肯定するセルディに対し、バートは「ずいぶん気にしてるようですが」と率直に指摘する。
「まぁ相手は強大なドルフ帝国を破滅に追い込んだとされる、あの悪名高い魔女ですからね。御さねば民が苦しみ国が滅ぼされかねないと、命がけの思いで対峙したのでしょうから。事情はわかります」
「しかしその態度で憎まれるどころか、エレファナが俺に対して、飛躍し過ぎなほど好意的だったのは事実だ」
家族ができたと喜ぶ、エレファナの笑顔と出会いの一連を思い出すたび、セルディの胸の奥で重苦しいものが疼いた。
(どう考えても、謝罪するべきだな)
「ところでバート、口元がむずむずしているようだが。なにが言いたいんだ?」
「はい。セルディさまに好意的な魔女は、あなたの人柄をすでに見抜いていたのかもしれないと思いまして」
「朴念仁か」
「誠実性です」
セルディはひとつ息をつく。
「……思い当たることがひとつだけある。エレファナは家族に憧れているらしい。だから夫ができたと聞いただけで喜んでいる節があった」
バートは顎に手を当て「あぁ、もしかすると」と、声を上げた。
「それ、すりこみではありませんか」
「すりこみ? それは……生まれたばかりの雛鳥が、初めて見た相手を親鳥だと信じ込んで懐くという愛着行動のことか」
「そうそう、それです」
「俺は親鳥ではなく夫のはずだが」
「つまり彼女はセルディさまが夫だと聞いて、愛想が無さすぎるところも生真面目すぎるところも、全部良い方向に解釈して、信頼してくれているのではないですか?」
セルディの脳裏に、自分が歩く後ろを雛のような足取りでついてくる、嬉しそうなエレファナが浮かんだ。
「なるほど、夫に対する愛着行動という解釈なら妙にしっくりくる。しかし親との関係が子に大きな影響を与えることを踏まえれば……親鳥、いや夫との関係はエレファナにとって重要だ。もちろんエレファナと魔力を繋げている精霊にも」
セルディは幾度も聞いたことがある、非道な夫との関係悪化から破滅や復讐の道を選ぶ夫人の話を思い出して、ぞっとする。
「無条件で信頼されるというのは、なかなか恐ろしいな」
(しかもエレファナは、恐怖の対象として語り継がれるほどの魔力を保持する伝説の魔女だ。俺の影響で彼女の心が歪めば、世界の脅威にすらなるだろう……)
考え込んでいるセルディの心情を察し、バートは笑いかける。
「大丈夫ですよ。先ほどの奥さまは気を失っていましたが、セルディさまの寝言を呟かれるお姿は、本当に親鳥の……いえ。夫の存在に安心しきった、やさしい表情をされていましたから」
3
あなたにおすすめの小説
家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます
さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。
望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。
「契約でいい。君を妻として迎える」
そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。
けれど、彼は噂とはまるで違っていた。
政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。
「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」
契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。
陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。
これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。
指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる