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1章

9・それ本当に自覚ないんですか

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 セルディは「精霊を助ける」と伝えたとき、エレファナが嬉しそうにゆりかごから床へ跳び下りた姿を思い出した。

 直後によろめき、彼女の身体を受け止めて知った細さや軽さも。

(あれは自分の体のために受け身を取るよりも、腕の中の精霊を庇うことを優先した姿勢だ)

 とっさの本心から、あの精霊を守ろうとしていなければできないことだった。

「セルディさま。彼女は本当に、自らの欲望のまま帝国を滅ぼした、あの傾国の魔女なのですか?」

 バートの疑問に、セルディは追想を打ち切る。

「常に固く封印されていた、あの塔の扉が開いていたんだ。中ではエレファナが緻密な魔導術で作られた寝具に横たわり、丸く透き通った精霊を抱いて寝ていた。彼女と話をしても内容に一貫性があり、偽りの可能性も少ないだろう。なにより」

 セルディは自分の薬指に視線を落とすと、魔力で編まれた指輪の跡のような紋様を忌々しそうに睨みつけた。

「彼女の薬指にも、俺と同じ枷の跡がある」

「その枷の話、ただの伝説だと思っていました」

「昨日まではな」

(傾国の魔女は美貌や若さ、魔力を得る欲望のために、自分以外の存在を道具とみなす冷酷者と言い伝えられている。しかし俺の会ったエレファナが、本当の姿なのだろう)

「後世の語り草など、安易に信じるべきでなかったな」

 セルディは細かな執務をエレファナが眠っている隣部屋でこなそうと、卓上のあちこちに置かれた書類をまとめていく。

「常にそばにいたいほど、奥さまが心配なんですね」

「そうではない。エレファナは目覚めれば、見知らぬ場所にいるんだ。それならば親鳥……いや、夫がついていて不安を和らげるのが得策だろう」

「なんだかんだで、心配なんですね」

「……それにエレファナに関しては、まだまだ未知数な存在ともいえる。様々な混乱を防ぐため、エレファナの存在はこの城に住む者以外、他言無用だ。それまではもちろん、俺が責任を持って見張る」

「俺が責任を持って愛でる?」

「見張る、だ。妙な聞き間違いをするな」

「すみません、今まで色々とあったので。どちらにせよ、見張っているはずの夫のあとを追いかける、奥さまの嬉しそうな姿が浮かびます」

「なにか勘違いをしているようだが。エレファナにこの城で静養してもらう一番の目的は精霊の回復と、その加護を得るためだ」

「そうなんですか?」

「そうだろう」

 セルディはバートの意味深な笑顔に真顔で答えながら、使いこまれた鞄に書類を詰める。

「そのためしばらくはエレファナの体調の回復を最優先とする。早速体力が戻りそうな食事を……いや、今は体に負担がかからない食事にするべきか? それとも好きな食べ物を……ん? バート、だからなんだ。さっきからその顔は」

「僕のことは気にならず。セルディさま、魔女のため精霊のため、夫の務めを全うしてください」

(その笑顔で言われると、釈然としないのだが)

「ところでバート。衰弱しているエレファナの様子を見に行くのは、一日何回までなら負担がないのだろうな」

「……セルディさま、それ本当に自覚ないんですか?」






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