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1章
10・夢ではありませんでした!
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客室のカーテン越しに、うららかな日光とそよ風が舞い込んでくる。
陽気につられるように、丸一日眠り込んでいたエレファナは目を覚ました。
(……あら? ゆらゆらしません。それに)
焦点の定まらない視界に、ぼんやりと人影が映る。
「セルディさま……?」
無意識の呼びかけに振り返ったのは、長い髪を後ろでお団子にまとめている女性だった。
「エレファナさま、ですね。具合はいかがですか?」
「は、はい。あの……ここはまだ夢の中ですか? 私を知っているあなたは誰でしょう? それに私の助けた精霊は? 私の旦那さ……セルディさまがどこにいるのか知っていますか? あの記憶は全て夢だったのでしょうか……」
「夢ではありません。ここはセルディさまの居城ですよ」
お団子の女性は穏やかに歩み寄ると、次々と出てきたエレファナの質問にひとつひとつ答えていく。
「私はセルディさまの言い付けで、あなたのお世話をすることになりました。ポリーと申しますので、そう呼んでください。精霊はあなたの内側に隠れて見ることはできませんが、しっかり休んでいますよ。セルディさまは、」
不意にドアノブが回った。
扉の奥から整った容姿の若い男が現れ、慌てた様子で室内を覗く。
「ポリー、話し声が聞こえたが」
(本当に……夢ではありませんでした!!)
エレファナの顔がぱっと明るくなったところで、ポリーは声を上げた。
「坊ちゃん。ノックもなさらず突然入るなんて」
「ポリー、そろそろ坊ちゃんはやめ、」
「いいえ言わせてもらいます。いくら奥さまの容態が気がかりだったとしても、相手は静養中の方ですよ。彼女が健やかになることを、あなたが一番望んでいるのでしょう? 隣のお部屋で目覚めを待ちわびていた気持ちはわかりますが、そんなに慌てなくても」
セルディは元乳母に小言をもらいながら、視界の端でぎこちなく動くエレファナが、不安定な姿勢で寝台から降りようとしているのを捉える。
「っ、おい」
セルディはエレファナのそばに駆け寄って手を伸ばすと、あやうく床へ落ちかけた細い身体を押し留めた。
「危ないだろう。体がまともに動かないまま、無理に寝台から出ようとするなんて」
「す、みません」
エレファナは自分の体の状態に気づいていなかったのか、驚いた様子で息をつく。
「無理をしたつもりはなかったのですが、セルディさまが来てくださったので。おそばに行きたくて、無意識に身体が動いてしまいました」
「……やはり、すりこみなのか」
「? 私はすりこみではなく、エレファナです」
「ああ、エレファナ。一人で歩けるようになるまでは、自分だけで寝台から出るのはやめたほうがいい。できるか?」
エレファナは一瞬耳を疑ったが、意味を理解すると何度も頷く。
「は、はい! できます!」
(セルディさまからお願いをされました……! 妻にしていただいてから、はじめてお役に立てるかもしれません!!)
「あの。私は他になにをすればいいのでしょうか?」
「なにをすれば……? そうだ、飲み物は飲めるか?」
「はい、飲めます!」
「食事は取れるか?」
「はい、取ります!」
「夜は早めに寝れるか?」
「はい、寝ます!」
「そうか」
セルディはエレファナをそっと元の位置に横たえると、寝台から落ちかけたときにはねた珊瑚色の髪を、撫でるように直していく。
「食事はすぐに用意する。それまでは体を休めていて欲しい。できるか?」
「はい、できます!」
セルディはほっとしたように頷くと、静かに立ち上がった。
「あの、セルディさま」
「ん?」
陽気につられるように、丸一日眠り込んでいたエレファナは目を覚ました。
(……あら? ゆらゆらしません。それに)
焦点の定まらない視界に、ぼんやりと人影が映る。
「セルディさま……?」
無意識の呼びかけに振り返ったのは、長い髪を後ろでお団子にまとめている女性だった。
「エレファナさま、ですね。具合はいかがですか?」
「は、はい。あの……ここはまだ夢の中ですか? 私を知っているあなたは誰でしょう? それに私の助けた精霊は? 私の旦那さ……セルディさまがどこにいるのか知っていますか? あの記憶は全て夢だったのでしょうか……」
「夢ではありません。ここはセルディさまの居城ですよ」
お団子の女性は穏やかに歩み寄ると、次々と出てきたエレファナの質問にひとつひとつ答えていく。
「私はセルディさまの言い付けで、あなたのお世話をすることになりました。ポリーと申しますので、そう呼んでください。精霊はあなたの内側に隠れて見ることはできませんが、しっかり休んでいますよ。セルディさまは、」
不意にドアノブが回った。
扉の奥から整った容姿の若い男が現れ、慌てた様子で室内を覗く。
「ポリー、話し声が聞こえたが」
(本当に……夢ではありませんでした!!)
エレファナの顔がぱっと明るくなったところで、ポリーは声を上げた。
「坊ちゃん。ノックもなさらず突然入るなんて」
「ポリー、そろそろ坊ちゃんはやめ、」
「いいえ言わせてもらいます。いくら奥さまの容態が気がかりだったとしても、相手は静養中の方ですよ。彼女が健やかになることを、あなたが一番望んでいるのでしょう? 隣のお部屋で目覚めを待ちわびていた気持ちはわかりますが、そんなに慌てなくても」
セルディは元乳母に小言をもらいながら、視界の端でぎこちなく動くエレファナが、不安定な姿勢で寝台から降りようとしているのを捉える。
「っ、おい」
セルディはエレファナのそばに駆け寄って手を伸ばすと、あやうく床へ落ちかけた細い身体を押し留めた。
「危ないだろう。体がまともに動かないまま、無理に寝台から出ようとするなんて」
「す、みません」
エレファナは自分の体の状態に気づいていなかったのか、驚いた様子で息をつく。
「無理をしたつもりはなかったのですが、セルディさまが来てくださったので。おそばに行きたくて、無意識に身体が動いてしまいました」
「……やはり、すりこみなのか」
「? 私はすりこみではなく、エレファナです」
「ああ、エレファナ。一人で歩けるようになるまでは、自分だけで寝台から出るのはやめたほうがいい。できるか?」
エレファナは一瞬耳を疑ったが、意味を理解すると何度も頷く。
「は、はい! できます!」
(セルディさまからお願いをされました……! 妻にしていただいてから、はじめてお役に立てるかもしれません!!)
「あの。私は他になにをすればいいのでしょうか?」
「なにをすれば……? そうだ、飲み物は飲めるか?」
「はい、飲めます!」
「食事は取れるか?」
「はい、取ります!」
「夜は早めに寝れるか?」
「はい、寝ます!」
「そうか」
セルディはエレファナをそっと元の位置に横たえると、寝台から落ちかけたときにはねた珊瑚色の髪を、撫でるように直していく。
「食事はすぐに用意する。それまでは体を休めていて欲しい。できるか?」
「はい、できます!」
セルディはほっとしたように頷くと、静かに立ち上がった。
「あの、セルディさま」
「ん?」
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