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9・就寝
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夜が更けてくる。
セレルはそろそろ休ませてもらおうと、「健全な成長のために早めに寝ます」と二階へ上がっていくミリムを追いかけた。
「ミリム、あの、私はどこで寝れば──」
ミリムは振り返ると、無言でセレルの後ろを指さす。
振り返ると同時に、手を引かれた。
ロラッドがいる。
顔色が悪く、セレルの手を両手で握ったままうつむき、その場にしゃがんだ。
セレルは不安になり、一緒にかがんで、手に力をこめた。
「発作?」
ロラッド静かに頷く。
セレルは祈るような気持ちでうつむき、包んだてのひらに意識を集中させた。
一方で、心は揺らいでいる。
緋の英雄と呼ばれるほどの剣士が、突然、人格が変わったように危害を加えてくる可能性を想像すると、恐ろしかった。
「本当に、治まるんだな」
顔を上げると、ロラッドは少し表情を緩めていた。
しかし発作の兆候がおさまったとしても、ロラッドが自分を暴走させるものを胸の奥に飼っていることに、変わりはない。
無力感にうちひしがれ、セレルの手が震えた。
「だけど私は、ロラッドの呪いを解けなかった……」
ロラッドを励ましたいはずなのに、実際には自分のほうが弱気になっている気がして、セレルは自信なく顔を伏せた。
「セレル。だいじょうぶだ。いいこと思いついたから」
セレルははっとして、顔を上げる。
「なにか方法があるの?」
「うん。おいで」
ロラッドはセレルの手を引いて、近くにある部屋のドアを開き、使ってもいいと言われている空き部屋の中に入ろうとする。
突然の流れに、セレルは戸惑った。
「えっ、あ、あの、待って。この部屋に、なにかあるの?」
「来て」
「え? どうして?」
「一緒に寝れば、怖くないだろ」
セレルは目を見開き、そのまま固まる。
大真面目なのか、からかわれているのか、どうすればいいのかいいのかわからず、辺りを見回すと、無表情のミリムがこちらを見ていた。
「私に遠慮なさらず、ご自由に」
「ちっ……違うよ、ミリム! そんな、その、色々違う!」
セレルが普段は血色の悪い顔をまっ赤にさせて否定すると、ロラッドは機嫌よさそうにほほ笑んだ。
「だいじょうぶだって」
「な……なにが?」
「俺、胸の奥がつっかえて苦しいんだよ。なんか食い込んでいる感じがして……毎晩寝苦しいし」
「弱者という武器を使うのは反則だと思う……!」
「俺が呪いで苦しむのと、セレルが俺と一緒にいるの……どっちがいいと思う?」
「不自由な二択も反則だと思う……!」
「大真面目だから、よくよく考えて」
「あっ、わかった! 私のことからかってるんでしょ!」
二階のやり取りが聞こえたのか、荒々しい音を立てながら、カーシェスが階段を駆けあがってくる。
「おい! お前ら! いちゃつくの禁止だ! ミリムに卑猥なものを見せるな!」
やってきたカーシェスに対し、セレルがむきになって否定する。
「見せてない!」
「嘘つけ! おいロラッド!」
カーシェスは挑むようにロラッドを指さす。
「俺の目の黒いうちは、その小娘と一緒に寝るなんてふしだらなこと、絶対に許さんからな!」
「そうか? ミリムとカーシェスも含めて、みんなで寝たらいいじゃないか」
唐突な提案だったため、カーシェスはすぐに意味がわからず、顔をしかめる。
「な、なに……?」
「お泊まり会だよ。娘と楽しく枕投げをしたり、秘密の話をしたりしながら、いつの間にか眠っているあれだ」
カーシェスの目が、みるみるうちに輝きはじめる。
理解したらしい。
「それは……それはいい……すごくいいじゃあないか!」
ロラッドの一言で、簡単に誘導されたカーシェスは、喜々とした足取りでミリムに駆け寄る。
「ミリム。みんなで寝よう! お泊まり会だぞ! 楽しいぞ!」
「嫌です。男女が同じ部屋で寝るなど破廉恥です」
「破廉恥じゃない! セレルもいる!」
「父上、そろそろ子離れしてください。セレルも、優しいだけではいいように利用されるということくらい、念頭においておいた方がいいですよ。もしよろしければ、今夜は私と寝ませんか。女人専用です」
「ね、寝る!」
助かった、とばかりに、セレルはロラッドの手をすり抜けて、ミリムの方へと駆け寄る。
「ロラッド、呼んでくれればすぐ行くから! じゃあ、また明日!」
セレルはミリムの部屋へ駆け込んでいくと、ミリムが扉を閉める前に、冷酷に父を諭している声が聞こえた。
「いいですか、父上。愛娘の寝顔を見ようと侵入すれば、木の棒でおしりを折檻しますよ」
「ミリム……パパ切ないんだけど」
「もし娘がかわいいのなら、私にそんなことをさせないでくださいね」
セレルはそろそろ休ませてもらおうと、「健全な成長のために早めに寝ます」と二階へ上がっていくミリムを追いかけた。
「ミリム、あの、私はどこで寝れば──」
ミリムは振り返ると、無言でセレルの後ろを指さす。
振り返ると同時に、手を引かれた。
ロラッドがいる。
顔色が悪く、セレルの手を両手で握ったままうつむき、その場にしゃがんだ。
セレルは不安になり、一緒にかがんで、手に力をこめた。
「発作?」
ロラッド静かに頷く。
セレルは祈るような気持ちでうつむき、包んだてのひらに意識を集中させた。
一方で、心は揺らいでいる。
緋の英雄と呼ばれるほどの剣士が、突然、人格が変わったように危害を加えてくる可能性を想像すると、恐ろしかった。
「本当に、治まるんだな」
顔を上げると、ロラッドは少し表情を緩めていた。
しかし発作の兆候がおさまったとしても、ロラッドが自分を暴走させるものを胸の奥に飼っていることに、変わりはない。
無力感にうちひしがれ、セレルの手が震えた。
「だけど私は、ロラッドの呪いを解けなかった……」
ロラッドを励ましたいはずなのに、実際には自分のほうが弱気になっている気がして、セレルは自信なく顔を伏せた。
「セレル。だいじょうぶだ。いいこと思いついたから」
セレルははっとして、顔を上げる。
「なにか方法があるの?」
「うん。おいで」
ロラッドはセレルの手を引いて、近くにある部屋のドアを開き、使ってもいいと言われている空き部屋の中に入ろうとする。
突然の流れに、セレルは戸惑った。
「えっ、あ、あの、待って。この部屋に、なにかあるの?」
「来て」
「え? どうして?」
「一緒に寝れば、怖くないだろ」
セレルは目を見開き、そのまま固まる。
大真面目なのか、からかわれているのか、どうすればいいのかいいのかわからず、辺りを見回すと、無表情のミリムがこちらを見ていた。
「私に遠慮なさらず、ご自由に」
「ちっ……違うよ、ミリム! そんな、その、色々違う!」
セレルが普段は血色の悪い顔をまっ赤にさせて否定すると、ロラッドは機嫌よさそうにほほ笑んだ。
「だいじょうぶだって」
「な……なにが?」
「俺、胸の奥がつっかえて苦しいんだよ。なんか食い込んでいる感じがして……毎晩寝苦しいし」
「弱者という武器を使うのは反則だと思う……!」
「俺が呪いで苦しむのと、セレルが俺と一緒にいるの……どっちがいいと思う?」
「不自由な二択も反則だと思う……!」
「大真面目だから、よくよく考えて」
「あっ、わかった! 私のことからかってるんでしょ!」
二階のやり取りが聞こえたのか、荒々しい音を立てながら、カーシェスが階段を駆けあがってくる。
「おい! お前ら! いちゃつくの禁止だ! ミリムに卑猥なものを見せるな!」
やってきたカーシェスに対し、セレルがむきになって否定する。
「見せてない!」
「嘘つけ! おいロラッド!」
カーシェスは挑むようにロラッドを指さす。
「俺の目の黒いうちは、その小娘と一緒に寝るなんてふしだらなこと、絶対に許さんからな!」
「そうか? ミリムとカーシェスも含めて、みんなで寝たらいいじゃないか」
唐突な提案だったため、カーシェスはすぐに意味がわからず、顔をしかめる。
「な、なに……?」
「お泊まり会だよ。娘と楽しく枕投げをしたり、秘密の話をしたりしながら、いつの間にか眠っているあれだ」
カーシェスの目が、みるみるうちに輝きはじめる。
理解したらしい。
「それは……それはいい……すごくいいじゃあないか!」
ロラッドの一言で、簡単に誘導されたカーシェスは、喜々とした足取りでミリムに駆け寄る。
「ミリム。みんなで寝よう! お泊まり会だぞ! 楽しいぞ!」
「嫌です。男女が同じ部屋で寝るなど破廉恥です」
「破廉恥じゃない! セレルもいる!」
「父上、そろそろ子離れしてください。セレルも、優しいだけではいいように利用されるということくらい、念頭においておいた方がいいですよ。もしよろしければ、今夜は私と寝ませんか。女人専用です」
「ね、寝る!」
助かった、とばかりに、セレルはロラッドの手をすり抜けて、ミリムの方へと駆け寄る。
「ロラッド、呼んでくれればすぐ行くから! じゃあ、また明日!」
セレルはミリムの部屋へ駆け込んでいくと、ミリムが扉を閉める前に、冷酷に父を諭している声が聞こえた。
「いいですか、父上。愛娘の寝顔を見ようと侵入すれば、木の棒でおしりを折檻しますよ」
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