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16・拒絶
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「こんなに近くまで、セレルが入って来たことに気が付かなかった。そこそこのやつが俺を殺しに来ていたら、普通にやられてる」
つまらなさそうな口ぶりのあと、ロラッドは気を取り直すように、大きく伸びをした。
「でも、驚いたな。セレルが勝手に入って来るなんて」
ロラッドがいつもの調子で笑ったので、少し緊張感が和らぐ。
セレルは後ろ歩きであとずさると、部屋の入り口近くに戻り、じっとした。
「ん? そんな隅で、どうしたんだ」
「なんとなく、そろそろからかわれるかと思って、身構えてる」
「ああ、確かに。そんなところにいると、人見知りしている猫みたいで撫でたくなる。おいで」
「だから、それをやめてって言ってるの!」
セレルはそう返しながら、これが以前言われた『振っている』というやつかもしれないと、なんとなく自分の失態を感じた。
ロラッドは楽しそうに、寝台に腰をかけなおすと、黙ってセレルを見つめる。
それはセレルのやってきた理由を、聞こうとしてくれている合図だった。
気づいて、セレルは慌ててなにかを言いかけるが、黙ってしまう。
それを三回繰り返した後、ようやく質問のような言葉をひねり出した。
「あの、えっと……ロラッドは石像のこと、調べていたみたいだから、聞きたくて」
「ああ。あの石像は、この土地の守護を司り、見守るような存在らしい。だから、この土地の異変に関係がある気もして、色々調べてた」
「そうなんだ……じゃあ、台座の上になにもないことも、意味があるのかな」
「多分な。あの台座から想像すると、守護獣の石像は俺なんかより、ずっと大きいだろうから。人が数人で盗むのも難しいくらいだろ」
確かにカーシェスは、石像がなくなっていると聞いても、あんなに大きいんだから、無くなるはずがない! と、全然信じてなかった。
「一応、このあたりは念入りに探したんだけど、石像が別の場所にある痕跡は見つけられなかった。俺は不思議な力のある彫刻や装飾品を、色々見たことがあるから言うけど、あの石像、自分で動いてどこかへ行ったんじゃないか。または石像自体が消滅したとか。今考えられるのは、その程度かな」
まだ、わからないことばかりだということがわかり、セレルは頷いた。
「不思議だね」
「ああ。それで、セレルが本当に聞きにきたことは、なに」
「えっ」
「あるんだろ」
「あ、あの……それは、」
セレルはためらったが、喉に引っかかった言葉を、なんとか押し出す。
「ロラッドは、ここから、出て行くつもりなの……?」
「ああ、ごめん」
信じたくなかったことが現実となり、セレルの全身が強張った。
その心情を隠すように、前もって決めていた返事をする。
「謝らなくていいよ。だって私も、一緒に行くし」
「ごめん。さっき、怖かっただろ」
謝罪の意味をはき違えていたことを知り、セレルは口をつぐんだ。
「俺の呪いは今、セレルが抑えているけれど、発作が絶対に起こらない確証はない」
ロラッドは穏やかに、しかしはっきりと続ける。
「もし、発作が起こったら、俺はためらいなくセレルを一突きして、ミリムを一突きして、カーシェスの首をはねるよ。少なくとも三人の犠牲だ。俺がいなければ、三人に被害はない」
話を聞きながら、セレルの緊張がほどけていき、ひんやりとした悲しみが残った。
ロラッドは笑顔の裏で、いつもそんな風に考えていたのだろう。
セレルはなにも気づかない自分が、知らずに彼を孤独に追い込んでいたように思えて、やるせなくなる。
それでも、諦めたくはなかった。
「だけど、他に呪いを解く方法があるかもしれない」
「そうかもな」
「うん。私、その方法を探すから」
「でもそれを探している間に、三人を殺すかもしれない」
「だけど……」
ロラッドは自分の命を、三人の命より軽く考えていた。
セレルは正解のないその答えを否定したかったが、それを伝える方法が、わからない。
もどかしい思いで、結局、代り映えのない言葉をくり返した。
「だけどもし、ロラッドがここから出て行きたいなら、私は一緒に行くよ。呪いを解く方法も探す。あのね、私、その……」
「やさしいな、セレルは」
その一言で、受け入れるように拒絶されたのだとわかった。
どれほど伝えても、なにも届かない確信が悔しくて、セレルは目を伏せる。
会ったときから、ロラッドは誰にも必要とされずに捨てられた自分を、拾い上げてくれたというのに。
ロラッドの置かれている過酷な現実に対し、セレルは自分があまりにも無力で、役立たずに思えて、それを許せなかった。
「私、畑の様子、見てくる」
セレルは逃げ出すように、その場を立ち去る。
つまらなさそうな口ぶりのあと、ロラッドは気を取り直すように、大きく伸びをした。
「でも、驚いたな。セレルが勝手に入って来るなんて」
ロラッドがいつもの調子で笑ったので、少し緊張感が和らぐ。
セレルは後ろ歩きであとずさると、部屋の入り口近くに戻り、じっとした。
「ん? そんな隅で、どうしたんだ」
「なんとなく、そろそろからかわれるかと思って、身構えてる」
「ああ、確かに。そんなところにいると、人見知りしている猫みたいで撫でたくなる。おいで」
「だから、それをやめてって言ってるの!」
セレルはそう返しながら、これが以前言われた『振っている』というやつかもしれないと、なんとなく自分の失態を感じた。
ロラッドは楽しそうに、寝台に腰をかけなおすと、黙ってセレルを見つめる。
それはセレルのやってきた理由を、聞こうとしてくれている合図だった。
気づいて、セレルは慌ててなにかを言いかけるが、黙ってしまう。
それを三回繰り返した後、ようやく質問のような言葉をひねり出した。
「あの、えっと……ロラッドは石像のこと、調べていたみたいだから、聞きたくて」
「ああ。あの石像は、この土地の守護を司り、見守るような存在らしい。だから、この土地の異変に関係がある気もして、色々調べてた」
「そうなんだ……じゃあ、台座の上になにもないことも、意味があるのかな」
「多分な。あの台座から想像すると、守護獣の石像は俺なんかより、ずっと大きいだろうから。人が数人で盗むのも難しいくらいだろ」
確かにカーシェスは、石像がなくなっていると聞いても、あんなに大きいんだから、無くなるはずがない! と、全然信じてなかった。
「一応、このあたりは念入りに探したんだけど、石像が別の場所にある痕跡は見つけられなかった。俺は不思議な力のある彫刻や装飾品を、色々見たことがあるから言うけど、あの石像、自分で動いてどこかへ行ったんじゃないか。または石像自体が消滅したとか。今考えられるのは、その程度かな」
まだ、わからないことばかりだということがわかり、セレルは頷いた。
「不思議だね」
「ああ。それで、セレルが本当に聞きにきたことは、なに」
「えっ」
「あるんだろ」
「あ、あの……それは、」
セレルはためらったが、喉に引っかかった言葉を、なんとか押し出す。
「ロラッドは、ここから、出て行くつもりなの……?」
「ああ、ごめん」
信じたくなかったことが現実となり、セレルの全身が強張った。
その心情を隠すように、前もって決めていた返事をする。
「謝らなくていいよ。だって私も、一緒に行くし」
「ごめん。さっき、怖かっただろ」
謝罪の意味をはき違えていたことを知り、セレルは口をつぐんだ。
「俺の呪いは今、セレルが抑えているけれど、発作が絶対に起こらない確証はない」
ロラッドは穏やかに、しかしはっきりと続ける。
「もし、発作が起こったら、俺はためらいなくセレルを一突きして、ミリムを一突きして、カーシェスの首をはねるよ。少なくとも三人の犠牲だ。俺がいなければ、三人に被害はない」
話を聞きながら、セレルの緊張がほどけていき、ひんやりとした悲しみが残った。
ロラッドは笑顔の裏で、いつもそんな風に考えていたのだろう。
セレルはなにも気づかない自分が、知らずに彼を孤独に追い込んでいたように思えて、やるせなくなる。
それでも、諦めたくはなかった。
「だけど、他に呪いを解く方法があるかもしれない」
「そうかもな」
「うん。私、その方法を探すから」
「でもそれを探している間に、三人を殺すかもしれない」
「だけど……」
ロラッドは自分の命を、三人の命より軽く考えていた。
セレルは正解のないその答えを否定したかったが、それを伝える方法が、わからない。
もどかしい思いで、結局、代り映えのない言葉をくり返した。
「だけどもし、ロラッドがここから出て行きたいなら、私は一緒に行くよ。呪いを解く方法も探す。あのね、私、その……」
「やさしいな、セレルは」
その一言で、受け入れるように拒絶されたのだとわかった。
どれほど伝えても、なにも届かない確信が悔しくて、セレルは目を伏せる。
会ったときから、ロラッドは誰にも必要とされずに捨てられた自分を、拾い上げてくれたというのに。
ロラッドの置かれている過酷な現実に対し、セレルは自分があまりにも無力で、役立たずに思えて、それを許せなかった。
「私、畑の様子、見てくる」
セレルは逃げ出すように、その場を立ち去る。
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