【完結】僻地がいざなう聖女の末裔

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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22・すれ違い

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 ロラッドは相変わらずセレルの方を見ようともせず、本をめくっている。

 いつもと違う距離を感じたが、無言でいるのも気まずかった。

「……守護獣のこと、ミリムから聞いたよ。身体を治そうとしていて浄化モモイモを食べに来たり、私を襲おうとしたこと」

 確かに噛まれたときは、傷口から自分を吸い取られるような痛みがあった。

「きっと元気になりたかったんだよね」

「ああ。農園をやり始めて、きれいになった土地が影響したんだろうな。守護獣も石化状態が解けた状態で動けるくらいは力が出て、さらに回復しようと畑の食べ物を食い荒らしたんだろ」

「それなら大農園計画で土地を浄化するよりも、守護獣を直接治療したらいいんじゃない? 守護獣が治れば土地も良くなるってことだよね?」

「あいつの体力が持てばな」

「……どういうこと?」

「長年病んでいたんだ。そんな状態でこの間俺に痛めつけられて、かなり弱ってるんだよ。急激に回復させうとしても、身体がついていかない」

 確かにセレルも数日前は、少し食事をとることすらやっとだった。

「体力を回復させるにも、体力が必要なんだね」

 セレルは膝の上で開いた自分の両手を見つめ、ふと顔を上げたが、言いかけた言葉をつぐむ。

 ロラッドは相変わらず、つまらなさそうに本に視線を落としていた。

──ロラッドがセレルに会いに来ない理由がわかりました。

 ふとミリムの言葉が思い浮かび、セレルは両手を固く握りしめる。

 セレルが寝込んでいた四日間、ミリム以外は眼中にないカーシェスですら迷惑なほど親切心をむき出して、数少ない浄化モモイモをセレルに食べさせようと執拗に顔を出してくれた。

 会いに来なかったのはどう考えても不自然でしかない。

 それを否定したい一心でセレルはロラッドを見つめたが、目が合うこともなかった。

「……ロラッド」

「ん」

「呪いの発作、苦しくない?」

「守護獣には悪かったけど結構動いたからな。そういう後は少し胸のつかえが弱まるんだ。暴れれば呪いも多少は満足するのかもな」

「じゃあ私が寝ていた間は治まっていたの?」

「ああ」

 そのまま会話は途切れる。

 セレルは少しためらったが、このまま帰ると後悔する気がして思い切って言った。

「せっかく来たし、発作予防してもいい?」

「ああ。今は落ち着いているから、今度な」

 セレルはさっと立ち上がると目の前にいるロラッドに腕を伸ばしたが、届く前に手が逃げた。

 その様子に確信する。

「ロラッド、変だよ」

「変? 変なのはカーシェスだろ」

「そうだけど。ロラッド、私のことを汚物みたいに避けているでしょ」

「気のせいだろ」

「気のせい?」

 今まで溜めていたもやもやした感情が、勢いよく立ち昇るように溢れてきた。

「気のせいならそろそろからかってくれるはずだよ。あれがないと落ち着かない」

「おい。変なのはどっちだ」

「カーシェスだよ! それにロラッド、どうしてずっと会いに来てくれなかったの? 今だってずっとこっちを見てくれないし……」

「なんだ。そんなに見て欲しいのか」

「そうだよ、見て!」

 ロラッドは驚いたように目を開いたが、すぐに視線をそらして不機嫌そうに無言を貫く。

 セレルの目の奥が熱くなった。

 頑なに黙っているロラッドの横顔がぼやける。

 なにが言いたかったのかもよくわからなくなった。

「……どうすればいいの? 避けられて、会ってもごまかされて……ずっと、ずっと怖いんだから!」

 セレルが感情的に言い捨てると、一度は逃げた手がセレルの腕を引く。

 ロラッドが立ち上がったと気づいたにはもう、セレルはその片手の中におさまっていた。

 出かかっていたはずの次の言葉が一瞬で吹っ飛んでいく。

 ロラッドは開いている方の手でセレルの毛先を梳いた。

「やっぱり怖いよな」

「……っ、そんなこと、ない」

 嘘だった。

 会えなくてずっと怖かった。

 今も自分が感じていることの正体がわからず、怖い。

「無理するなよ。怖いなら逃げればいいだろ」

 そう言われてはじめて、片手で抱かれていることの理由に思い当たった。

 セレルが逃げること前提で、わざと隙を作っている。

 気づくと、いつもの反抗心に火が付くようだった。

「無理してるけど。怖いけど、逃げない」

「……また、意地張るのか」

「張るよ。ロラッドは知らないからそんな風に言うんだね」

 さびしいのになぜか笑みがこぼれる。

「失うの、怖いに決まってるじゃない。私が逃げてたどり着いた場所はここだよ。それなのにどこへ逃げろって言うの?」

 ふと包み込んでくる片腕に力がこめられた。

 セレルはひるんだがすぐに解放されると、ロラッドはすり抜けるようにその場を離れた。

 行ってしまう。

「……っ」

 呼び止めたいのに言葉が見つからなかった。

 セレルは震える息を吐き目を閉じる。

 エドルフに惑いの森で置き去りにされたときは妙に納得できたのに、今は違った。

 怖い。

 失いたくない。

 逃げてしまったあの腕の中がもう恋しい。



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