巻き戻り冤罪令嬢ですが、もふもふ幼女の継母になりました

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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1巻

1-3

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 もしかして、失礼なことを言ってしまったのでしょうか。
 恐る恐る顔を上げると、彼の眼差しがまっすぐ私に注がれていました。
 その瞳は氷のような色なのに、なぜかあたたかく感じました。私の胸の奥で、静かな鼓動が少しずつ速くなっていきます。

「君は……過去も痛みも、すべてをやさしさに変えてしまうようだ。先ほどの高慢な令嬢とは……いや、俺の知る誰よりも、君は美しい心の持ち主なのだろう」

 私のことを否定しないなんて、ロアフ卿は今まで周りにいた人と違います。

「それにリシェラと話していると、今まで気に留めていなかった食というものに、新たな発見がある。愛情深い乳母の存在が、君の食への想いを深めたのだろうな」
「難しいことはわかりませんが……私はヘレンの料理が大好きでした。友達から食材をもらうたびに彼女のことを思い出して、自分なりに再現したりしました」
「それはうまそうだ。リシェラはどのようなものをよく作る?」

 彼に聞かれるまま、私は自分についてぽつぽつと話していました。
 弟がとてもかわいいこと、昔好きだった遊び、ヘレンとの日々……
 彼とのひとときは、忘れていた懐かしい風景や感情が、胸の奥から溢れてくるようでした。

「話せば話すほど、リシェラの心の美しさと感性の豊かさにかれる。俺も君となら……」
「?」
「リシェラ、別荘に着いてからも君と話したい。その間に君の靴や衣装を弁償する」
「お気持ちだけで、十分嬉しいです。私はただ、大好きなミュナの力になりたかっただけです」

 ロアフ卿はハッとしたように私を見つめます。

「大好きなミュナ……ということは、君は以前からミュナのことを知っているのか?」
「え? いいえ、そうではないのですが、でも……」

 私は腕の中で眠るミュナの重みを、改めて感じます。

「会ったばかりでも、私はミュナが大好きになってしまいました。そう思えるのって、とても幸せなことですね」

 母は私を身ごもったとき、そう言ってくれたそうです。

「そのような感情を……俺は一生、理解できないのだろうな」
「どうしてそう思うのですか?」
「街の噂で聞いたことがあるだろう。俺が冷淡で、人の心を持ち合わせていないと」

 きっと誰もが知る話なのでしょう。でも私は社交界に出ることもなく、壊れかけた小屋で動物と過ごしてきました。当たり前のことですら、知る機会がありませんでした。ただ……

「私はロアフ卿とお話しして、とても感性の豊かな方だと思いました」

 アイスブルーの瞳が驚いたように見開かれ、私を見つめてきます。

「……俺が?」
「ロアフ卿は私に、これまで誰も聞かなかったことを尋ねてくれました。それに私の話に頷いたり、そっと目を伏せたりして……あれは演技だったのでしょうか?」
「いや、俺は……」

 ロアフ卿は自分の心と向き合うように、少しの間沈黙しました。

「俺はただ、リシェラのことが知りたかった」

 それはきっと、私がミュナを保護したことが関係しているのでしょう。彼が私を「恩人」と呼ぶ様子からも、ミュナを大切にしていると伝わってきました。 
 私の腕の中で小さな身体が身じろぎします。

「ミュナが目を覚ましたようです」

 ミュナは寝ぼけ眼でしたが、私を見上げて笑みを浮かべます。

「安心してくださいね。無事にロアフ卿のもとへ帰れましたから」
「ミュナ、もうひとりでいなくならないでくれ」
『!』

 ミュナはロアフ卿から顔を背けて、怯えたようにぎゅっと抱きついてきました。
 こんなに萎縮いしゅくして、どうしたのでしょう。今にも泣き出しそうです。

『こわいかお、おこってる……』

 こわいかお? 
 ミュナは人の言葉が理解できずに、ロアフ卿が怒っていると感じているのでしょうか。

「怒っていませんよ。ミュナを心配しています」
『こわいかお、ミュナしんぱい?』

 ま、まさか……『こわいかお』とは、ロアフ卿の呼び名でしょうか。
 たしかに、凛とした目元に淡々とした口調です。言葉が通じなければ、怖く感じてしまうのかもしれません。
 でも氷銀とたたえられる美貌が、『こわいかお』呼びされているなんて……

「ミュナは……俺が怒っていると思っているのか?」
「え、ええ。おそらく……」

 私は言葉をにごします。
 ロアフ卿はミュナの猫耳を嫌がる様子はありません。でも私が動物と話せると知ったら、さすがに気味悪がるかもしれません。
 ミュナとの会話は、私が一方的に語りかけているように見せることにします。

「……」

 ロアフ卿はいつになくけわしい表情で沈黙しています。
 もしかして私の力のこと、もう気づかれてしまった……? 

「俺はミュナに嫌われている」

 突然、深刻な口調で告白されました。

「どうやらミュナは、俺たちの言葉がわからないようだ。そのためか人を避け、俺に至っては魔王のごとく恐れられている……まぁ、よくあることだ。子供はみな俺に怯える」

 ロアフ卿は子供と関わることが苦手なようです。

「ミュナが俺の顔を見て大泣きしなかったのは、今回がはじめてだ」
「それはよかったです」
「リシェラがいてくれるからだろう。普段のミュナは、俺を見るだけで震え、声をかければ耳をふさぎ、微笑みかけると泣く」

 最強の騎士が、まさかの惨敗ざんぱい……

「そのため、俺はミュナとの関わりを極力避けている。世話も、子供に慣れた使用人に任せて……後見人を名乗りながら、この有様だ」

 もしかしてロアフ卿、ミュナともっと関わりたいのでしょうか。
 でも大切に想うほど、傷つけることを恐れているのかもしれません。

「俺は子供と良好な関係を作るのが、これほど困難な道だとは想像もしていなかった。この状況と比べれば、ジンジャーの反抗期や各国を襲う凶竜など他愛ないものだ……しかし、ミュナと兄のためにも諦めるわけにはいかない。友好的に交流する方法は必ず探し出す」

 苦しげに吐露する様子から、ひとりで抱えきれない悩みなのだと伝わってきます。

「ロアフ卿は素敵な方ですね」

 彼の無表情が揺らぎました。
 ロアフ卿は信じられないといった様子で、その美貌に困惑を浮かべています。

「……情けないの間違いだろう?」
「どうしてですか? ロアフ卿は悩みながらも、ミュナを幸せにしようとしています」

 それは彼が冷淡ではなく、愛情深い方だからです。

「だから情けなくなんてありません。あなたは素敵な方です」

 にっこり笑って伝えると、ロアフ卿はかすかに目を開き、ふいと顔をそらしてしまいました。
 ちらりと見えた顔が赤くなっていたのは……見間違い、ではない気がします。

「君は不思議な人だ。俺は今まで功績ばかりをたたえられてきた。苦手なことについて、こうして誰かに認められたのははじめてだ」

 他の人の考えはわかりません。でも私は、そう感じました。

「幸せなことだな」
「……え?」
「君が教えてくれた。『会ったばかりでも人を好きになれるのは、とても幸せなこと』だと」
「あっ、はい。私もそう思います」

 私との何気ない会話で、ロアフ卿がミュナへの想いに自信を取り戻せたのなら。こんなに嬉しいことはありません。

「実は俺の兄、ミュナの父親は亡くなっている。俺がジンジャーを拾ったときも、聖騎士となると決めたときも、彼は味方になってくれた。そんな兄が俺を信じて、ミュナを託してくれたそうだ。俺はミュナの後見人となることに迷いはなかった」

 こんなにいろいろ話してくださるなんて、私とのやりとりで、なにか感じてくれたのでしょうか。

「だがミュナは俺をはじめ、人を恐れている。俺はその問題を解決する手がかりを求め、このマリスヒル伯爵領に来た。そして別荘に着いた慌ただしさの中、ミュナが木々を飛び移りながら行方をくらましたため、慌てて捜し回っていたのだが……」
「ふふっ」

 ミュナの天真爛漫な姿を思い出して笑うと、ミュナとロアフ卿は同時に私を見ました。その表情がよく似ていて、ふたりの血の繋がりを感じます。
 誤解ですれ違っているなんて、なんだかさびしいです。
 私はミュナにささやきかけます。

「ミュナの行動力はすごいですね。でも、ロアフ卿はミュナが大切なので、とても心配していました。これからは、ひとりで出かけたりしないでくださいね」

 ミュナはかぶっているフードの下で、猫耳を立てて聞いていました。
 別荘へ戻ることをためらっていたのは、言葉の通じない不安があったからかもしれません。でも自分で帰ると決めたのですから、ロアフ卿が嫌いなわけではないはずです。

「リシェラ、ミュナに俺の気持ちを伝えてくれて、ありがとう」

 穏やかな声で言われ見上げると……あっ、ロアフ卿が笑ってます。
 彼の笑顔が素敵だと知ったのは、このときがはじめてでした。



   第二章 別荘でのもてなし


 ロアフ卿の壮麗な別荘の門をくぐると、ジンジャーが尻尾を振って迎えてくれました。

「リシェラ、待ってたよ! 悪い奴が来ても、僕たちがリシェラを守るからね!」
「ありがとうございます、ジンジャー」

 エレナを威嚇いかくした迫力は本物でしたが、今は人懐こい犬にしか見えません。

「あのジンジャーが気を許すなんて……」

 ずらりと並んだ使用人たちは、驚きの声を漏らしたかと思うと、私に向かって一斉に頭を下げました。

「リシェラ様、ミュナお嬢様を保護していただきましたこと、心より感謝申し上げます」

 元養家の使用人たちとは違い、彼らの振る舞いからは感謝ともてなしの心が伝わってきます。
 ただ私はロアフ卿に抱き上げられたままなので、ちょっと恥ずかしいのですが……

『たくさん、ひと……おこってる』

 私の腕の中にいるミュナは人々から顔を背けて、しがみついてきます。

「怒っていませんよ。ミュナが帰ってきて、みんな喜んでいます」
『よろこんでる……?』
「ミュナお嬢様、よかった!」

 突然若い女性が、三つ編みを振り乱してやってきます。そして私に深々と頭を下げました。

「ミュナお嬢様を保護してくださって、本当にありがとうございました! なんとお礼を申せばいいのか……あっ、お嬢様、どうぞこちらを」

 三つ編みの女性は、青いリボンの付いたカチューシャをミュナに着けようとします。
 でもミュナは顔を背けて私にくっつき、怖がっているようです。

『あおいの、それなに……?』
「これはカチューシャという髪飾りですね。ミュナに似合いそうですし、私が着けてもいいですか?」

 独り言のように説明すると、ミュナが頷きます。
 私は三つ編みの女性からカチューシャを預かり、着けました。

「お嬢様が、安心したような表情をしているわ……!」

 静かな驚きが満ちる中、私はミュナの姿の変化に驚きました。

「あっ、ミュナの猫耳と尻尾が消えて……!」
「カチューシャの青いリボンの力です。遠い地の植物、ヘンゲザクラという特殊な染料の効果だと聞きました」
「ヘンゲザクラ、はじめて聞く言葉です。変身魔法みたいですね」

 動物を嫌うこの国では、獣人の姿はヘンゲ……変身して隠した方が安全です。
 私も動物と話せることを知られる前に、この場を離れた方がいいかもしれません。
 ロアフ卿は先ほどエレナに絡まれた一件を、執事長と思われる老齢の男性に説明しています。

「別荘の警備を強化する。ミュナの捜索のために増援した騎士たちを、そのまま配備してくれ」
「あの、私は大丈夫です。侍医に診てもらったら、すぐっ」

 ロアフ卿は私の唇に人差し指を軽く当てると、老執事と話を続けます。

「ミュナを保護してくれたリシェラは俺の恩人だ、最上のもてなしを提供する。望むものはすべて贈らせてもらうが、まずは汚れた服や壊れた靴を早急に弁償する必要がある。このままでは歩くことすら難しい」
「なんて言ってるけど、本当はリシェラがいなくなってしまわないように、ずっと抱きしめていたい匂いがするなぁ?」

 ジンジャーが面白そうに笑うと、ロアフ卿は顔色ひとつ変えずに頷きます。

「ああ、その嗅覚は正しい」
「本当はそんな匂いしないけどね! でも、誰だってそう思うよ!」

 使用人たちは表情を変えていませんが、私に注がれる視線が強まった気がします。

「ということでリシェラ、もし逃げるような素振りを見せれば、ずっとこの腕の中にいてもらうことになるが……いや、それはいい考えだな」
「えっ」
「どうした? まさか俺から逃げられるとでも? そのつもりなら」
「っ、逃げません!」
「そうか残念……いや、よかったのか。リシェラ、改めてようこそ、我が別荘へ」
「お、お招きいただき、ありがとうございます」

 私とロアフ卿のやりとりに老執事は硬直していましたが、やがて深々と頷きました。

「すでに侍医は控えております。では」
「案内は不要だ。俺が連れていく」

 そのまま救護室へ向かい、温厚そうな侍医に診察してもらいます。

「ふたりとも解けた雪で汚れていますが、外傷はありません。ただ……リシェラ様は細身ですね。今夜の夕食は遠慮せず、心ゆくまで堪能するべきですよ」

 ロアフ卿の晩餐ばんさん……魅惑的な予感しかありませんが、グッとこらえます。
 先ほどは彼のペースに巻き込まれてしまいましたが、私は元養父やライハント王子に見つかる前に、出立しておきたいのです。
 侍医が一礼をして退室すると、ロアフ卿は私を支える手を少し緩めました。

「ふたりとも怪我がなくてよかった」

 彼の立ち上がる気配に私はなにが起こるかを察して、早口で伝えます。

「もう抱き上げてくださらなくても平気です。スリッパを貸していただけませんか?」
「歩きにくいだろう」
「それでも歩けます」

 一瞬、ロアフ卿が残念そうに見えました。

「リシェラのために用意する客間は最上階だ。俺が連れていけば、君の負担も少ない」
「ありがたいお話ですが、私は靴の用意ができ次第」
「俺の腕の中に捕まりたいようだな」
「い、いえそうではなく……!」
「ここの客間は眺めも湯の質もよく、料理人は腕がいい。最高のもてなしと食を約束する」
「……で、ですが」
「アップルパイを焼かせよう」
「なっ」

 なんて蠱惑的こわくてきなお誘いなのでしょうか!
 野宿を覚悟していたのに、温かな湯浴み、綺麗な服、ふかふかのベッド……久々のアップルパイまで!
 でも、あの人たちに捕まるわけにはいきません。
 そうなれば、私の力が誰かを傷つけるために使われる……それがどれほど恐ろしいか、身をもって知っています。

「マリスヒル伯爵はエレナをかわいがっています。彼が私を罰するためにここへ来れば、ロアフ卿にご迷惑をおかけしてしまいます」
「それならなおさら、リシェラをひとりにできない。俺が君を守る」

 たしかにロアフ卿の庇護を受けられるのなら、野宿より安全です。

「でも私は、あなたにお返しできることなんて……」
「ちょうどいい。君に頼みたいことがある」
「私に……ですか?」
「悪い話ではないだろう」

 彼ほどの人が、私になにを頼むというのでしょう……いえ、迷っている場合ではありません。
 申し出をお受けしましょう。
 私はもう二度と、大切な誰かを奪われるわけにはいかないのです。

「わかりました。あなたの頼みを、どうぞお聞かせください」
「俺のことはセレイブと呼んでくれ」
「……」
「セレイブだ」
「聞こえています。あの……まさか、頼みとはそのことではありませんよね?」
「君はミュナもジンジャーも名で呼ぶ。俺にだけ、よそよそしい」

 ロアフ卿を名前で呼ぶのは、恐れ多い気がしていただけなのですが。名前の呼ばれ方に、こだわりがある方なのでしょうか。
 でもジンジャーは、「あれっ? 『名は個を識別するための記号だ』って言ってたのに。リシェラにだけはそんなお願いをしたい、って匂いがするなぁ」と、くすくす笑っています。

「あの、私がロアフ卿のお力添えを受けるのに、名前を呼ぶだけでは……代価として釣り合わないように思えます」
「リシェラが呼べば、ミュナも俺の名を覚えるかもしれないだろう」

 たしかに聞こえていないとはいえ、大切なミュナから『こわいかお』と呼ばれているのは切ないです。
 そう考えると、私が別荘に滞在する間に、ミュナとロアフ卿の関係の橋渡しができるかもしれません。

「わかりました。お世話になります、セレイブ様」

 ロアフ卿は満足そうに目を細めました。

「アップルパイは必ず用意する」
「ありがとうございます。ふふっ……アップルパイ、楽しみです!」

 私の歓喜の声を聞き、ミュナが猫耳を立てて見上げてきます。

『あっぷるぱい、それなに?』
「とってもおいしいのですよ。後で一緒に食べましょうね!」

 私はミュナをぎゅっと抱きしめました。
 本音を言えば……私はまだ、ミュナと一緒にいたかったのです。

「ふたりは夕食の前に湯浴みを済ませた方がいい」
「はい、わかりました……っ!?」

 ロアフ卿はミュナを抱いた私を軽々と横抱きにして、救護室を出ます。
 アップルパイに夢中で、油断していました。

「ロアフ卿っ」
「セレイブだろう?」
「セレイブ様、スリッパは便利です。私も自分で歩けます。なぜかたくなに使わないのですか?」
「君を離したくない」
「な、なぜ……」

 唖然としている私の耳元に、ロアフ卿の美貌が寄せられます。

「それはこれから、ふたりきりで話そう」

 ささやく声は、楽しげに響きます。
 彼は本当に、冷淡で有名なセレイブ・ロアフ卿なのでしょうか?


 セレイブ様の招待を受けてから、一刻ほど。
 湯浴みを終えてほかほかになった私とミュナは、メイドの案内で衣装部屋へ向かいます。
 そこにはきらびやかなドレスや靴が、所狭しと飾られていました。

「こちらはすべて、セレイブ様からの贈り物です」
「えっ!? すべてですか?」
「はい」

 メイドは全員、当然のように頷きます。

「ミュナお嬢様を助けていただいたのです。セレイブ様はささやかなお礼だと申しております。ご満足いただけない場合は、もちろん、別の品をご用意致します。遠慮せずおっしゃってください」
「……十分すぎるほどです」

 私は高級な贈り物に圧倒されながら、衣装部屋を見回します。

「セレイブ様は本当にミュナが大切なのでしょうね」
「みな、そのように感じています。セレイブ様はミュナお嬢様を引き取るとお決めになってから、広大な敷地の邸と大量の使用人を手配されました。のびのびと過ごせる環境を整えたいのでしょう」

 セレイブ様ほどになると、愛情表現の規模が違います。だからミュナを保護した私に対しても、これほど礼を尽くしてくださるのですね。
 どれを着ればいいのか迷っていると、ミュナが黄色い生地を指しました。

『これ、バナナいろ!』
「ミュナのドレスの色と似ていますね。おそろいにしましょうか?」
『おそろいする!』

 ドレスが決まると、先ほど青いカチューシャを渡してくれた女性、アンナがミュナの身支度を整えてくれます。
 最初は緊張していたミュナも、洗髪中に見つけたお気に入りの髪形、ツインテールになって嬉しいようです。ふくふくしたほっぺを赤く染めて、鏡を覗き込んでいます。

『ミュナ、ウサギヒメなってる』
「とっても似合っていますよ」
『ウサギヒメ! ウサギヒメ!』

 着替えを終えたミュナは楽しそうにぴょんぴょん跳ねて、ひとり遊びをはじめました。
 今日はもう外に出る予定がないので、カチューシャはしないそうです。

「いつか青いリボンがなくても、外を歩けるようになればいいですね」
「ロアフ辺境伯領では、ミュナお嬢様もそのままのお姿で過ごされていますよ。動物は友のような存在です。騎士団では魔獣のジンジャーを筆頭に、他の動物も使役獣として活躍しています」
「動物に偏見のない土地柄なら、ミュナも安心して暮らせますね」

 もしかしたら私の力も、不気味がられずに暮らせるかもしれません。
 私も、ロアフ辺境伯領で住み込みの仕事を探してみるのはどうでしょうか?
 元養家の使用人たちに仕事を押し付けられていたので、メイド仕事は一通りできます。
 元養父やライハント王子も、動物がたくさんいるロアフ辺境伯領までは追いかけてこないかもしれません。

「リシェラ様のお支度も、私たちにお任せください」

 私はメイドたちの手で、夕食にふさわしく着飾られていきます。
 このような扱いを受けるのは、養女になってからはじめてです。

「みなさま、素晴らしいおもてなしを、ありがとうございます」
「でも、ドレスのサイズは……」

 アンナが悲しげにつぶやき、他のメイドたちも同じような顔をしています。
 ドレスは細身のデザインです。でも、痩せた私には緩すぎました。

「サイズも完璧です。これだけお腹周りに余裕があれば、心ゆくまで食べても苦しくなりません」

 私の言葉に、メイドたちはぽかんと口を開けました。でもすぐに明るい声で笑います。

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