【完結】精霊言語の通訳者

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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10・過去

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 カームは一瞬で状況を察したのか、わずかに後ずさると、自分の巻いていたスカーフをフェアルの頭にかけて、彼女の赤い顔が隠れるようにした。

「その……悪い。悪かったよ。俺、一人で浮かれていて、考えなしだった……ごめん」

 顔を背けて言う声のトーンは、先ほどとは打って変わって、しぼんでいる。
 フェアルは今の状況を和ませるため笑って応じようとしたが、あまりにも動揺しすぎて、声が出ず表情も強張っている。
 カームはフェアルに背を向けると、沈黙を取り繕うように気軽な声色で言った。

「よし。ガマ石の準備を進めるためにも、帰るぞ」

 カームはフェアルから離れると、木の根でいじけているアドバーグに近寄り、落ちている枝でそっと、自分のカバンの中に誘導する。

「おい、アドバーグ。早く帰って、仲間たちにこれまでの活躍でも話しに行くぞ」
『高齢の王子を枝でつっつくな、外道め! レア石を奪われた傷心のワシを少しはいたわれ!』
「ん……なんだおまえ、今度はキノコ食べてるのか。食い物与えれば、立ち直りの早いやつだな。それなら、カバンの中に木の実入れておけば、おとなしく袋詰めにできそうだな。よし、こっちだこっち」

 言葉は通じていないはずなのに、なんとなく会話が成立しているのを見ているうちに、先ほどまでの緊張が少し薄れてくる。
 すると、カームがあんなに喜んでいたというのに、自分のせいで気まずい空気になってしまった事がどうしようもなく悲しくて、涙で視界がぼやけた。
 これ以上、台無しにしたくない。
 フェアルはこらえるようにうつむくと、顔にかけてもらったカームのスカーフを握って、心を落ち着けようとする。
 そんな自分が、おかしかった。
 先ほどまで包まれていたカームの腕の中は、どうすればいいのかわからない場所だったのに、今は彼のスカーフに頼るかのように触れている。

『あの人の子は、大きくなったな』

 フェアルの頭上から、葉がほろりと一枚降りてくる。
 老木の言葉に、フェアルはあたりを見回したが、カバンの中にアドバーグを誘導しようとしているカームしか見当たらない。
 顔を上げると、老木が枝葉をそよがせた。

『あの子は、以前よく遊びに来ていたのだよ。動物の食性を調べたり、虫を採ったり、魚を観察したり……生き物の好きな子だった。突然来なくなったから、気になっていたが……乗り越えたのかもしれぬな』

 その言い回しが、フェアルにはひっかかった。

「何か、あったのですか?」
『ああ、あったよ。あの頃、この森にやってきたイタチがいてな。なかなか食欲旺盛なやつで、以前から棲んでいた森の生き物たちを次々と捕食して……アドバーグの母も、そのイタチに食われて亡くなったよ。イタチには子どもも産まれていて、わたしは彼らが増えることによって、これからの森に起こる変化を懸念していたのだが、それは突然終わった。イタチの家族は全滅したよ。それから、あの子はこの森に現れなくなった』
「そんな、どうして……」

 フェアルが目を向けると、カームは少し離れたところで、アドバーグを古びたカバンに収めたところだった。
 カームとそのイタチの間に何があったのかわからないのに、フェアルにはその後ろ姿が、さびしげに映る。

『おぬしは、変わらないな』
「私、ですか?」
『おぬしは少し前、迷子の犬を探して、この森に迷い込んでいた娘だね』

 フェアルははっとして、息をのむ。
 ここだったのだ。
 森で迷子になり、夜の闇と疲労の中、水辺でのどを潤し、老木の幹に身体を預けて休んだときの心細さが蘇ってくると、体がぎゅっと締め付けられるように、委縮した。

「なぜですか」

 フェアルは自分が冷静でないことを恐れていた。
 しかし10年間、離れでひとり、たったひとつの小窓を見上げながら、ずっと胸にしまい込んでいた思いが、ふと滑り出る。

「なぜ、私はこのような姿になったのですか」
『おぬしに、我らの世界に触れて欲しかったのだよ』
「私に? どうして、私だったのですか!」

 次第に大きくなる声に気づき、フェアルは口を閉じた。
 忘れていた様々な感情が、喉の奥からあふれて形になりたがっている。
 どのくらいじっとしていたのか、わからない。
 フェアルは深く息を吐くと、今の気持ちを言葉にした。
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