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25・青白い道しるべ
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『タリカを、助けて』
一言告げると、イリーネの腕の中にいる水の精霊の力が抜けた。
それをきっかけとして獣の姿は原型が失われるようにほどけ、澄んだ液体が溶け溢れて地に注がれる。
全身ずぶ濡れのまま、イリーネはひとりその場に座り込んだままでいた。
唐突に失ってしまった、その存在のあっけなさに呆然とする。
「そんな……」
不意に目の奥が熱を持つように痛んだが、イリーネは自分の顔をはたいて意識を奮い立たせた。
(あの精霊が命を振り絞って伝えてくれたんだ。悲しむのはその後でいい)
イリーネは自分が羽織っているローブの中に腕を滑り込ませ、革ベルトのポケットから一枚の葉を取り出すと、近くにある小川で濡らして両方のまぶたにこすりつける。
先ほどまで精霊がいて濡れている場所は、青白い光を放っていた。
(よし。これで見える)
葉の力で霊力が光として感知出来るようになると、小屋の周辺に散る燐光の量から、あの透明な獣が執拗に攻撃されるたびに受けた痛ましい惨状が明らかになる。
(どうして、こんなこと……)
イリーネは目をそむけたくなったが、その苦しみを無視して周囲を確認した。
(やっぱり、そうだ)
道しるべのように、青白い光が山へ向かう入り口の奥へと続いている。
(間違いない。精霊はタリカを助けようとしてあんなに酷い怪我をしたんだ。タリカの身に何か悪いことが起こったのかも)
イリーネは先ほどの精霊の無残な状態を見たこともあり、その先へ進んで目にするタリカの姿を思うと足が強張った。
それでも精一杯、深呼吸をして意識的に自分の勝手な想像を落ち着かせようとする。
(ひるむな。まだ決まったわけじゃない。助けてって、あの精霊に託されたんだから……)
何度もそう繰り返したが、なかなか身体の震えは収まらない。
(でも結局、私にあの子は助けられなかった。タリカだってきっともう……)
忍び込んでくる無力感を言い訳にして、イリーネはその場から逃げ出したくなった。
その時ふと、イリーネは自分の心を落ち着かせるように、無意識ではめている指輪を撫でていること気づく。
薬指に宿るその美しい光沢を見つめていると、イリーネの表情がわずかにほぐれた。
(そうだ。あんな物騒な悪魔と数日いたんだ。このくらい大したことない。やれるよ)
「おみやげ、考えてあげないとな」
そう言葉にすることで、少しとはいえ平静を取り戻せるような気がしてくる。
イリーネは足元に咲いた鎮魂の意味を持つ小花を摘むと、青白い光を放つ精霊のいた地面に添えた。
「待っていて。あんたの代わりに、私がタリカを連れて帰るから」
名も知らぬ精霊のいた場所にそう声をかけると、イリーネは迷いのない足取りで山へと続く道を進み始める。
*
青白い光を辿りながらしばらく山道を進むと、二人の男の無防備なしゃべり声が聞こえてきた。
「何回やっても、人さらいなんてやるもんじゃねぇと思うな。あーあ、身体がきつい」
「そうだけどよ。金が入った当日の夜の解放感はたまらねぇんだよな」
「だよな」
(良かった。くだらない話に夢中で私に気づいてない)
イリーネは極力音を立てずに進めてきた足どりを緩めつつ、声の方へと向かう。
山道を歩く二人の男の人相は悪く、汚れた軽装にバンダナという、いかにも悪漢のならず者といった見た目をしていた。
彼らは背丈以上もある頑丈そうな一本の棒を互いの肩へ渡すように担ぎ、その棒の中央には大きな革袋が吊るされている。
(あの袋の中にきっとタリカがいる)
イリーネは木々を利用して身を隠しつつ、慎重に会話を続けている男たちをうかがった。
「でも最近は身の危険を感じるだろ? ここら辺でやめようとも思うな」
「俺らみたいな人さらいが襲われるっていうあの話か? どうせ酔っ払いの嘘だろ」
「いや、最近のガロ領ならありえるぞ。物騒な奴らがうようよしてるからな。俺たちだって身寄りはないんだ。弱っているところを襲われる可能性もあるだろ」
「人さらいのお前がさらわれる心配するのか」
「するさ。全く……あくどい仕事すらやりにくい世の中なんて、ロクでもねぇよな」
一言告げると、イリーネの腕の中にいる水の精霊の力が抜けた。
それをきっかけとして獣の姿は原型が失われるようにほどけ、澄んだ液体が溶け溢れて地に注がれる。
全身ずぶ濡れのまま、イリーネはひとりその場に座り込んだままでいた。
唐突に失ってしまった、その存在のあっけなさに呆然とする。
「そんな……」
不意に目の奥が熱を持つように痛んだが、イリーネは自分の顔をはたいて意識を奮い立たせた。
(あの精霊が命を振り絞って伝えてくれたんだ。悲しむのはその後でいい)
イリーネは自分が羽織っているローブの中に腕を滑り込ませ、革ベルトのポケットから一枚の葉を取り出すと、近くにある小川で濡らして両方のまぶたにこすりつける。
先ほどまで精霊がいて濡れている場所は、青白い光を放っていた。
(よし。これで見える)
葉の力で霊力が光として感知出来るようになると、小屋の周辺に散る燐光の量から、あの透明な獣が執拗に攻撃されるたびに受けた痛ましい惨状が明らかになる。
(どうして、こんなこと……)
イリーネは目をそむけたくなったが、その苦しみを無視して周囲を確認した。
(やっぱり、そうだ)
道しるべのように、青白い光が山へ向かう入り口の奥へと続いている。
(間違いない。精霊はタリカを助けようとしてあんなに酷い怪我をしたんだ。タリカの身に何か悪いことが起こったのかも)
イリーネは先ほどの精霊の無残な状態を見たこともあり、その先へ進んで目にするタリカの姿を思うと足が強張った。
それでも精一杯、深呼吸をして意識的に自分の勝手な想像を落ち着かせようとする。
(ひるむな。まだ決まったわけじゃない。助けてって、あの精霊に託されたんだから……)
何度もそう繰り返したが、なかなか身体の震えは収まらない。
(でも結局、私にあの子は助けられなかった。タリカだってきっともう……)
忍び込んでくる無力感を言い訳にして、イリーネはその場から逃げ出したくなった。
その時ふと、イリーネは自分の心を落ち着かせるように、無意識ではめている指輪を撫でていること気づく。
薬指に宿るその美しい光沢を見つめていると、イリーネの表情がわずかにほぐれた。
(そうだ。あんな物騒な悪魔と数日いたんだ。このくらい大したことない。やれるよ)
「おみやげ、考えてあげないとな」
そう言葉にすることで、少しとはいえ平静を取り戻せるような気がしてくる。
イリーネは足元に咲いた鎮魂の意味を持つ小花を摘むと、青白い光を放つ精霊のいた地面に添えた。
「待っていて。あんたの代わりに、私がタリカを連れて帰るから」
名も知らぬ精霊のいた場所にそう声をかけると、イリーネは迷いのない足取りで山へと続く道を進み始める。
*
青白い光を辿りながらしばらく山道を進むと、二人の男の無防備なしゃべり声が聞こえてきた。
「何回やっても、人さらいなんてやるもんじゃねぇと思うな。あーあ、身体がきつい」
「そうだけどよ。金が入った当日の夜の解放感はたまらねぇんだよな」
「だよな」
(良かった。くだらない話に夢中で私に気づいてない)
イリーネは極力音を立てずに進めてきた足どりを緩めつつ、声の方へと向かう。
山道を歩く二人の男の人相は悪く、汚れた軽装にバンダナという、いかにも悪漢のならず者といった見た目をしていた。
彼らは背丈以上もある頑丈そうな一本の棒を互いの肩へ渡すように担ぎ、その棒の中央には大きな革袋が吊るされている。
(あの袋の中にきっとタリカがいる)
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「でも最近は身の危険を感じるだろ? ここら辺でやめようとも思うな」
「俺らみたいな人さらいが襲われるっていうあの話か? どうせ酔っ払いの嘘だろ」
「いや、最近のガロ領ならありえるぞ。物騒な奴らがうようよしてるからな。俺たちだって身寄りはないんだ。弱っているところを襲われる可能性もあるだろ」
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