【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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31・自分が燃やしたくせにいじける

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 十日ほど寝てようやく、イリーネの体調は歩く程度なら全く問題ないほど回復してきた。

 先ほどまでは。

「イリーネ様、申し訳ありませんでした!」

 ぐったりと寝込んでいるイリーネの耳元で、エアが迷惑なほど全力の謝罪を始めた。

「ですがレルトラス様が……! 人に関心を示さず常に身勝手なあのレルトラス様が! 誰かのため何日も没頭するように努力をしていたということは、私にとって望外の喜びでして!」

「ああ、さっきの治癒魔術ね……」

 謝罪なのか感動なのか、とりあえず熱く訴えてくるエアに対し、イリーネは息子の成長を喜ぶ親ばかを前にしているような気持ちになる。

 そもそもの始まりは、レルトラスが「基礎的な治癒系統の魔術理論を理解した」と機嫌よくやって来たことだった。

(治癒系は血統が重要だし、悪魔は難しいんじゃないかな)

 イリーネに嫌な予感はあったが、親切心のほぼないレルトラスが自分のために慣れない努力をしてくれたので、断るのも気が引けて、その習得したらしい癒しの魔術をかけてもらうことにしたのが間違いだった。

 イリーネは治癒とは思えない黒々と燃えさかる猛火に襲われた後、レルトラスの強力な水術責めで消火され、エアとタリカによって迅速な応急処置を受けている間意識を失っていた、という厄災に見舞われて今に至る。

「しかしイリーネ様、レルトラス様は本当に優秀なお方なのです! いつもの危険極まりない魔術も全て独学で使えるようになりましたし、治癒だってあんなにやる気があるのです! とても器用な方なので基礎ならそのうち習得されると思います!」

「えっと、体は自分の治癒力に任せようかな……」

 やんわり断ったことは、次の話題で忘れてもらうことにする。

「それでね、今日はマイフの所に行こうと思うんだ。サヒーマの飼育員としてタリカを雇ってもらう話をまだ直接説明出来ていないから」

 タリカにはすでに、ガロ領からやって来たサヒーマたちの飼育員になって欲しいと説明してある。

 職を失っていたタリカは喜んでさっそく保護区へ向かったが、見てきた飼育環境が気に食わなかったらしく、帰って来るなり怒りながらもやる気をみなぎらせていた。

「それに私が寝込んでいる間、タリカは熱心にサヒーマたちのお世話をしてくれたみたいだから。私も様子を見たいし」

「しかし、イリーネ様は先ほどマイフカイル様に負けないほど見事に燃やされたばかりですので、お疲れでは……」

「平気だよ。寝てばかりいたら体力も落ちるしね」

「しかし最近は人さらいの話など物騒ですし、レルトラス様をお誘いして護衛にすれば安心だと思います!」

「いいよ。すぐ帰って来るから。あいつがいると、後先考えないで余計なことするし」

「いいえ! それではレルトラス様が拗ねたままですので……あっ」

 エアが漏らした本音に、イリーネは白い目を向ける。

「……エア、もしかして私に謝りに来たのは建前で、レルトラスが拗ねてるから私に機嫌取りさせたくて来たの?」

「ちっ、違いますよ! そんな下心、ほんの、ほんの少しだけですから!」

(やっぱり)

「イリーネ様がいて下さるおかげで、この館は本当に平和になりましたよね!」

(自分が燃やしたくせにいじけるとか……面倒な奴)

「イリーネ様、呆れたような目つきはやめて下さい。ただ私は、あんなに優秀なレルトラス様が、珍しく積み重ねた努力がむくわれず心を痛めているのだと思うと、胸が張り裂けそうで……」

 親ばかの胸の内はイリーネにとってどうでもよかったが、とりあえず寝台を降りていつもの軽装に身支度を整える。

「だけど私、機嫌取りなんてできないからね」

「構いません、イリーネ様は特別ですから!」

「でもそのうち、あいつも飽きるよ」

 何気なく呟いた言葉にイリーネの気分は重くなったが、深く考えることは止めた。

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