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32・道徳的に問題がある約束
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イリーネはレルトラスの自室へ向かい扉を叩くと、衝撃音と共に館が震える。
(……また引きこもる凶器か)
「レルトラス。魔術の球体投げて遊ぶのはほどほどにして。これから私、」
言葉の途中で扉が開き、いつにも増して凶悪な気配をまとったレルトラスが顔を出した。
「遊び? 俺は真剣だよ」
美しくも険のある眼差しと声はイリーネの弱った体にこたえたが、それは諦める。
「真剣にいじけてたの?」
「そんな暇はないよ。俺の治癒魔術のどこに問題があったのか検証していて忙しいからね」
「……もしかして今の破壊的な音、治癒魔術の練習だったの?」
「そうだよ」
(こんなに熱心に取り組んでるんだし……多分魔術の理論や展開は正常なんだろうけど、流れている悪魔の力が治癒魔術を邪悪にしているんだろうな)
イリーネは慣れない努力の失敗続きでふてくされたレルトラスを見ていると、くすぐったいような感情が湧き上がった。
(変だな。エアの親ばかがうつってるかも)
イリーネは疼くような気持ちを切り替えたくて、わざと大きく明るい声で言う。
「ね、見て! 私、もう治癒もいらないくらい元気だよ。だからマイフにタリカを飼育員にして欲しいことも直接説明しに行きたいし、元気になったサヒーマたちも見たいんだ。気晴らしに付いてきてよ」
「そうか」
レルトラスはまだ拗ねているようだったが、イリーネが歩き始めると黙ってついてくる。
*
ラザレ領主の謁見の間に通されると、ガラス張りの背面から天気の良い自然豊かな平原と、そばにある湖の風景がよく見えた。
領主の背後で控え目に並んでいるいつもの家令たちは、やって来たイリーネとレルトラスに恭しく礼をする。
マイフカイル自身も、相変わらずの軟弱な雰囲気だったが、人の良い笑顔で出迎えてくれた。
「イリーネさん、タリカさんを助けるために怪我をして体調を崩されていたと聞いていますが、大丈夫ですか?」
「うん。ずっとごろごろしてたから。もう平気」
イリーネが気安く声をかけることもあり、女性に対して緊張する癖のあるマイフカイルも慣れてきたのか、嬉しそうに声を弾ませる。
「そうですか。こうしてイリーネさんの元気な姿を見せてもらえて本当に良かっ……」
マイフカイルはイリーネの背後で、目力だけで殺してくるようなひりつく視線に気づき、ぎくりと顔をひきつらせた。
「な……んでしょうか、レルトラス」
レルトラスはいつもの邪悪な笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「別に何も」
「……燃やさないで下さいよ」
「そうだね」
重苦しい沈黙が、その言葉を誰も信じていないと物語っていた。
(エアに言われて連れて来たけど……やめておけばよかったな)
来たばかりですでに不穏な予兆に満ちているため、イリーネはさっさと本題に入る。
「それで、エアから聞いているとは思うけど、ラザレ領のサヒーマ飼育員としてタリカを雇ってもらえるんだよね?」
「もちろんです!」
マイフカイルは満面の笑みで頷いた。
「彼女が来てから、本当にサヒーマたちが生き生きとしてきて……。僕も保護区に行ったのですが、タリカさんはあんなに細い体で、毎日サヒーマたちの餌を準備したり、掃除や環境の整備に奔走して、汚い仕事や力仕事も進んでやってくれて……本当に魅力的な女性だと思います!」
頬を赤らめてタリカを絶賛するマイフカイルは後半、私情が入っているようだったが、イリーネは彼の色恋沙汰に全く興味が無いので触れずに進める。
「そう思うなら、雇用主として給与は弾んであげてね」
「もちろんです! ね、みんな!」
背後の家令たちが、穏やかな様子で肯定して首を縦に振っている。
「だけどその話を聞いて納得したよ。来る途中に保護区が見えたけど、柵の中が森みたいになってたのはタリカの考えなんだね。後で行くの楽しみだな。それで、ガロ領主からサヒーマはきちんと買い取れた?」
「はい。みんなが上手にやってくれて」
背後の家令たちが、穏やかな様子で謙遜して首を横に振っている。
「イリーネさん、これで我が領の財政は元通りになるでしょうか」
「今はまだわからないよ。だけどこれからタリカにサヒーマの様子を聞いてきて、うまくいくようにするから」
「ありがとうございます! これが成功すれば道徳的に問題があるとはいえ、イリーネさんとの約束は果たしますので!」
「あ、うん」
(そういえば、指輪にかけられたレルトラスの魔術を外すために、私はがんばってたんだっけ……)
イリーネは妙に拍子抜けしていると、レルトラスが酷薄な笑みを強めた。
「ところでマイフ。道徳的に問題があるイリーネとの約束って、何かな」
その一言で、場の空気が凍り付く。
(……また引きこもる凶器か)
「レルトラス。魔術の球体投げて遊ぶのはほどほどにして。これから私、」
言葉の途中で扉が開き、いつにも増して凶悪な気配をまとったレルトラスが顔を出した。
「遊び? 俺は真剣だよ」
美しくも険のある眼差しと声はイリーネの弱った体にこたえたが、それは諦める。
「真剣にいじけてたの?」
「そんな暇はないよ。俺の治癒魔術のどこに問題があったのか検証していて忙しいからね」
「……もしかして今の破壊的な音、治癒魔術の練習だったの?」
「そうだよ」
(こんなに熱心に取り組んでるんだし……多分魔術の理論や展開は正常なんだろうけど、流れている悪魔の力が治癒魔術を邪悪にしているんだろうな)
イリーネは慣れない努力の失敗続きでふてくされたレルトラスを見ていると、くすぐったいような感情が湧き上がった。
(変だな。エアの親ばかがうつってるかも)
イリーネは疼くような気持ちを切り替えたくて、わざと大きく明るい声で言う。
「ね、見て! 私、もう治癒もいらないくらい元気だよ。だからマイフにタリカを飼育員にして欲しいことも直接説明しに行きたいし、元気になったサヒーマたちも見たいんだ。気晴らしに付いてきてよ」
「そうか」
レルトラスはまだ拗ねているようだったが、イリーネが歩き始めると黙ってついてくる。
*
ラザレ領主の謁見の間に通されると、ガラス張りの背面から天気の良い自然豊かな平原と、そばにある湖の風景がよく見えた。
領主の背後で控え目に並んでいるいつもの家令たちは、やって来たイリーネとレルトラスに恭しく礼をする。
マイフカイル自身も、相変わらずの軟弱な雰囲気だったが、人の良い笑顔で出迎えてくれた。
「イリーネさん、タリカさんを助けるために怪我をして体調を崩されていたと聞いていますが、大丈夫ですか?」
「うん。ずっとごろごろしてたから。もう平気」
イリーネが気安く声をかけることもあり、女性に対して緊張する癖のあるマイフカイルも慣れてきたのか、嬉しそうに声を弾ませる。
「そうですか。こうしてイリーネさんの元気な姿を見せてもらえて本当に良かっ……」
マイフカイルはイリーネの背後で、目力だけで殺してくるようなひりつく視線に気づき、ぎくりと顔をひきつらせた。
「な……んでしょうか、レルトラス」
レルトラスはいつもの邪悪な笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
「別に何も」
「……燃やさないで下さいよ」
「そうだね」
重苦しい沈黙が、その言葉を誰も信じていないと物語っていた。
(エアに言われて連れて来たけど……やめておけばよかったな)
来たばかりですでに不穏な予兆に満ちているため、イリーネはさっさと本題に入る。
「それで、エアから聞いているとは思うけど、ラザレ領のサヒーマ飼育員としてタリカを雇ってもらえるんだよね?」
「もちろんです!」
マイフカイルは満面の笑みで頷いた。
「彼女が来てから、本当にサヒーマたちが生き生きとしてきて……。僕も保護区に行ったのですが、タリカさんはあんなに細い体で、毎日サヒーマたちの餌を準備したり、掃除や環境の整備に奔走して、汚い仕事や力仕事も進んでやってくれて……本当に魅力的な女性だと思います!」
頬を赤らめてタリカを絶賛するマイフカイルは後半、私情が入っているようだったが、イリーネは彼の色恋沙汰に全く興味が無いので触れずに進める。
「そう思うなら、雇用主として給与は弾んであげてね」
「もちろんです! ね、みんな!」
背後の家令たちが、穏やかな様子で肯定して首を縦に振っている。
「だけどその話を聞いて納得したよ。来る途中に保護区が見えたけど、柵の中が森みたいになってたのはタリカの考えなんだね。後で行くの楽しみだな。それで、ガロ領主からサヒーマはきちんと買い取れた?」
「はい。みんなが上手にやってくれて」
背後の家令たちが、穏やかな様子で謙遜して首を横に振っている。
「イリーネさん、これで我が領の財政は元通りになるでしょうか」
「今はまだわからないよ。だけどこれからタリカにサヒーマの様子を聞いてきて、うまくいくようにするから」
「ありがとうございます! これが成功すれば道徳的に問題があるとはいえ、イリーネさんとの約束は果たしますので!」
「あ、うん」
(そういえば、指輪にかけられたレルトラスの魔術を外すために、私はがんばってたんだっけ……)
イリーネは妙に拍子抜けしていると、レルトラスが酷薄な笑みを強めた。
「ところでマイフ。道徳的に問題があるイリーネとの約束って、何かな」
その一言で、場の空気が凍り付く。
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