【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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37・手に負えない

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 レルトラスの腕の中で、老女は幸せそうに話を続けている。

「私のひ孫たちは就職した子も増えてねぇ。忙しいって、なかなか顔を見せてくれないのよ」

「そうか」

「そうそう、今年の冬に出産する予定のひ孫もいてねぇ」

「そうか」

 耳に心地よいレルトラス相槌を隣に、イリーネはふと泣き出したいような感情が込み上げてきた。

(なんだろう、苦しい……。気のせいかな)

 そう思い込もうとするほど、彼が今までしてくれたひとつひとつがしみ込んでくるように胸の奥が熱くなり、潤む瞳とほてる顔はおさまりそうにもない。

(わけわかんないや。変なの)

 イリーネはひとり苦笑すると、手に負えない思いをレルトラスに気づかれないように、持っている地図で顔を隠してそっと涙をぬぐう。

(レルトラスには悪いけど、これは私だけの秘密にしておこう)

 波立つようなイリーネの心がようやく落ち着いてきた頃、見上げるほどの断崖が現れる。

 その壁の一部から水がしみ出していたので、イリーネは自分のローブの下から小さなコップを取り出すと、まずは毒見がてら飲んでみた。

(ほのかに匂いがある。この辺りは香草が多いから、土も湧き水もその影響受けてるな。匂いはククリ草を思わせるし、味はノマの根が強い……けど、まだあるね。なんだろ)

 イリーネは色を見たり匂いを嗅いだり口にふくんで味を確かめたりと、いつになく真剣な様子でぶつぶつ呟いている。

 レルトラスは抱き上げていた老女を近くの倒木に腰掛けさせた。

「イリーネ、どうだい」

「うん。良さそうだね」

 イリーネは相変わらずひとり呟きながらも、湧き水の注がれたコップをレルトラスに向ける。

 レルトラスはそれで味見をして問題なさそうだと判断してから、新たな湧き水で満たしたコップを老女に渡した。

「あらまぁ。きれいな水だねぇ」

 老女はむせないようにゆっくり水を飲み干してから、突然機敏に立ち上がる。

「あらまぁ! 本当にすごい水だね、身体がどこも痛くないよ!」

 老女はレルトラスの手に空のコップを握らせると、半世紀以上も若返ったような軽快さでくるりと回り、ころころ笑った。

「あらまぁ、驚いた! こんなに身軽なら歩いて帰るのも楽しいくらいだよ。二人とも、本当にありがとう。お幸せにねぇ」

 そのまま軽やかに歩き始めた老女を見送り、イリーネはちょっと怖くなる。

「……効き過ぎじゃない?」

「そうだね」

 少し不安もあったが、イリーネは小瓶に水を数本確保した。

 そのまま先導して、次は先ほどの湧き水が流れ出している川岸へやってくる。

(ばあちゃんのあの変貌ぶりだから……。上手くいけば、成長石が見つかるかも)

「よし!」

 イリーネは気合を入れるように、勇ましく立ち止まった。

「この川岸には色素の薄い人肌程度の塊が落ちてるはずなんだ。次はそれを探すよ」

「それも秘密かい」

「まぁそうだね。私もまだ、自然の中で見つけたことはないんだけど……あの成分が川に流れ込んでいるのなら、きっとどこかにあるはずなんだよ! 温度は手で触って確認しないといけないから大変だし、広すぎて私ひとりじゃ難しいと思ってたけど、レルトラスが一緒ならもしかして……」

「温度があるのなら、俺は触らなくても多少感知できるよ」

「えっ、本当?」

 希少な成長石を初めて見つけられる可能性に、イリーネの表情が輝いた。

「そっか、すごいねレルトラス! あんたなら翼で向こう岸にも行けるし、もう見つかったようなものだね!」

 半分諦めていた未知の鉱石を手にする期待で、イリーネは少しおかしいくらい胸を高鳴らせている。

 思った以上に喜ばれていると察したレルトラスは、イリーネの耳元に顔を寄せると笑みを含めて囁いた。

「すぐ見つけて来るから、いい子で待ってるんだよ」

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