【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

文字の大きさ
45 / 55

45・されてごらん

しおりを挟む
「俺もね、親に捨てられたんだよ。彼らは俺に飽きたわけではなくて、殺せなかったようだけどね」

「そんな話……エアから聞いたの?」

「いや。俺は生まれたときから記憶があるし、ただ覚えているだけだよ」

 レルトラスはそのまま、天気の話でもするかのような何気ない口ぶりで自分のことを話した。

「俺の生まれてすぐの記憶は、彼らがなにやら怒ったり怯えたりしていたことかな。その後下等な武器や魔術で襲われたけれど、無力な赤子でも弾いて反撃できる程度だったからね。彼らは殺せないと判断したらしく、俺はエアと共に王都から離れた場所へ送られたけれど……」

 そこまで話すと、レルトラスは少し悩むように言葉を詰まらせる。

「会いたいどころか……俺は彼らに何も感じないよ。興味がないんだ。だから、イリーネが母親の話でそんな顔をする理由がわからない。行きたくても行きたくなくても、思うようにするだけだからね」

「……レルトラスは強いから。私にはできないことができるんだよ、きっと」

「そうなのか」

 イリーネの言葉に、レルトラスは謙遜する様子もなく頷いた。

「すると、俺ならイリーネに出来ることがあるのかな。俺にできないことなんて治癒魔術くらいだろうし、言ってごらん。して欲しいことは何だい」

「え。そんなのないよ」

 眉間にしわを寄せ、レルトラスは不満げに訴えてくる。

「何かないのか」

「ないね」

「遠慮しなくていいんだよ」

「ないものはないし」

「少しくらい……」

「毎日暇なのはわかるけど、何もないから。本当に、全く」

「……そうか」

 レルトラスがあまりにも残念そうな息をつくので、イリーネの強張った表情もついほぐれて、包んでくれている手を握り返した。

「何もしなくていいんだよ。私は、レルトラスがいてくれるだけでいい」

 夜の静寂が満ちる。

 すると、イリーネは素直に出てきた言葉に思わぬ響きが浮き上がっているような気がして、慌てて沈黙を破った。

「ご、ごめん。なんか変な言い方に、」

「ああ、今ならいいのかな。俺にできることはなくても、イリーネにできることがあるよ」

「えっ、私?」

 手を引かれ、イリーネはそのままレルトラスの両腕の中に招かれた。

 夜風とレルトラスの匂いが混ざり合う彼の胸に頬を寄せたまま、イリーネの頭の中は真っ白になる。

 顔は一気に上気して、心臓がこのままでは持ちそうない強さで鳴りはじめた。

「っあ、あの、」

「たまには、俺の好きにされてごらん」

 レルトラスは秘め事のように囁きながら、ろくに手入れもされてい彼女の細い髪に指先を滑り込ませ、いいように梳かしていく。

 その幸せな感触を味わう余裕もなく、イリーネはかちこちに固まっていた。

「あれ。あまり梳かしてないね」

 甘い含み笑いに耳元をくすぐられ、恥ずかしさがこみあげる。

「い、いいんだよ。髪なんてどうでも」

「それは嘘だね。イリーネは俺の髪をきれいに結ってくれる……」

 レルトラスはふと言葉を切ると、手入れのされていない長い髪を見つめ、それを愛おしむように口づけた。

「気づかなかったな。君は自分のことならお構いなしなのに、俺のことは随分大切にしてくれているらしい」

「そ、そんなつもりじゃ」

「嬉しいよ。飽きるとは思えない」

「……口先だけで言われても」

「俺は嘘をつかないからね」

「レルトラス……」

「飽きない」

 イリーネはそれ以上反論できなくなる。

(敵うわけ、ないか)

 降伏するように黙って身を預けると、レルトラスは意外そうに目をしばたいて、少し戸惑いながら彼女の髪を指先で慈しんだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~

川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。 そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。 それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。 村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。 ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。 すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。 村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。 そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。

【完結】身分違いの恋をしてしまいました

金峯蓮華
恋愛
ナターリエは可もなく不可もないありふれた容姿の男爵令嬢。なのになぜか第2王子に身染められてしまった。殿下のことはなんとも思っていないが、恋人にと望まれれば断ることなどできない。高位貴族の令嬢達に嫌がらせをされ、悪い噂を流されても殿下に迷惑をかけてはならないと耐える日々。殿下からも、高位貴族令嬢達からの嫌がらせからもやっと解放されると思っていた卒業祝いの夜会で事件は起こった。 作者の独自の異世界のファンタジー小説です。 誤字脱字ごめんなさい。 ご都合主義です。 のんびり更新予定です。 傷ましい表現があるのでR15をつけています。

勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!

エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」 華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。 縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。 そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。 よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!! 「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。 ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、 「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」 と何やら焦っていて。 ……まあ細かいことはいいでしょう。 なにせ、その腕、その太もも、その背中。 最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!! 女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。 誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート! ※他サイトに投稿したものを、改稿しています。

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

処理中です...