【完結】とある義賊は婚約という名の呪いの指輪がとれません

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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51・本当はわかってた

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 ギァァァアアアアアア!

 ぬるい風の吹き上がる穴底から、叫び声にも似た身の毛のよだつ音が轟いた。

 ァァアァアアア!

 地底を揺るがすおぞましい気配が周囲に波状すると、穴の底からてのひら程度の塊が飛び上がり、少し離れた床に汚い音をたてて落ちる。

(気のせいじゃない。ここは何か、おかしい)

 イリーネは一刻も早く逃げ出そうと気を失っているレルトラスを引っ張りながら、飛び出てきた塊に向かって歩くユヴィに声を上げた。

「ユヴィ、お願い。レルトラスを移動させたいから手伝って。この穴の下に何がいるの? 早く離れたい!」

「いるのは俺の母さんだよ」

 思わぬ言葉に、イリーネは目を見開いてユヴィを見つめる。

 青年は穴から出た塊を拾い上げ、あどけなく微笑んだ。

「母さんは病にかかって動けなくなってしまってね。だから俺はこの神殿の底に、動かなくなった母さんの肉体を休ませているんだ。そうして食べ物を運べば、元気になって戻って来る可能性があるんだよ。今回は失敗だけど、こんな感じに」

 絶句しているイリーネにユヴィは歩み寄り、醜い肉塊を見せてくる。

 イリーネは目を背けた。

「ユヴィ……」

「確かに、今回出てきたのはいまいちだけど、結構いいときもあるんだよ。もちろん俺だってあまり犠牲は払いたくないから、はじめはいなくなっても人の迷惑にならないような、人さらいとかを捕まえるようにしたんだけど」

「もしかして、タリカを助けようとした時に人さらいたちが話していた、人さらいが襲われるって話は……」

「あ、俺のことかな」

 イリーネは幼い頃、ユヴィが多忙な母と会えず寂しがっていた姿や、かわいがっていた水の精霊が死んだとき狂ったように泣いた姿を知っているため、彼が死を恐れ盲目的なほど母親に執着しているのがわかるような気もした。

(きっと、この神殿の下に何かが封じられていたけど、次第に風化して穴が開いてしまったんだ。ユヴィは地下にシモナを休ませてるって信じてるけど……)

「ユヴィ。きっとシモナは、そこから帰ってこないよ」

 ユヴィはつまらなさそうに、手に持っていた塊を穴の中に放り投げる。

「落とすものによってかなり違うんだ。だから最近は質を上げようと思って。本当は手に入ったサヒーマも試したかったけど、イリーネが悲しむと思ったからさっき返したんだ。だから頼むよ。その悪魔だけは譲って欲しい。必死に解読した古文書で、悪魔の肉はかなり高度な蘇生が起こるって明記してあるのを見つけて。イリーネも読んでみる? 結構面白いよ」

「……ユヴィ、もしかしてサヒーマを囮にして、レルトラスをここまで連れてきて弱らせていたの?」

 気を失ったレルトラスを見つめるイリーネの表情に気づき、ユヴィは傷付いた顔をした。

「ごめん、悪魔を失ったらイリーネが悲しむかもしれないって、さっき会って分かったけど……。だけど俺、まだ何も母さんに恩返しできていないんだ。あんな別れになるなんて……俺はどうしても許せないんだよ。イリーネならわかってくれるよな?」

「うん、わかるよ。わかるけど……」

「そうだろ? 俺だってローゼが突然いなくなってから、イリーネがひとりで探そうと町を去った時の気持ち、分かってたよ」

(母さんの名前……もう呼んでくれるのはユヴィだけなのかな)

「イリーネはローゼとの別れ、諦められなかっただろ」

「うん」

「あんな別れ方、許せなかっただろ?」

「うん」

「俺だってそうだよ」

 イリーネは本心から相槌を打ったが、ユヴィが熱心に訴えるほど心は静まっていき、ようやく今まで頑なに思い込もうとしてきたこと、母が生きていると信じることをやめた。

「私も本当はわかってたよ。母さんが私に飽きて突然行方をくらませたわけじゃないって」

「イリーネ、大丈夫だよ。俺たちはもう寂しがっているだけの子どもじゃない。諦めてなくてもいい方法を見つけたんだ。母さんが上手く行けば、もしかしたらローゼだって」

「……ユヴィ。私だって母さんに会いたいよ。今だってこれからだって、ずっと。だけどね」

 イリーネは伝えていいのか迷ったが、小さい頃の孤独を互いに知っている友人を思うと、言わずにはいられなかった。



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