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11 侍女のリン

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 古城へ来てから、数日が経った。
 ミスティナは体調のこともあり私室でほとんど寝て過ごしていたが、侍女のリンは親切で食事もおいしい。
 今までからは想像もできない、のんびりした生活だ。

 レイナルトは毎日欠かさず、ミスティナの見舞いに通っている。
 彼は顔を出すたび、彼女の好きな紅茶や焼き菓子などを持参して、短い時間だが他愛のない話をした。
 そして別れ際には必ず、「弟のことは俺に任せて、無理をせず体を休めていてほしい」と、ミスティナを気づかった。

(レイナルト殿下がアランを捜してくれるなんて、これ以上心強いことはないわ)

 帝国の国土は広大だ。
 土地勘のないミスティナよりも彼の力を借りたほうが、早く弟を見つけられるだろう。

「レイナルト殿下はいつもお見舞いに来てくれるけれど、忙しいのよね?」

 侍女のリンが窓を開けると、うららかな陽気が舞い込んでくる。

「そうですね。毎日必ず、どこかへ外出されていますから」

「毎日必ず……」

(レイナルト殿下は忙しい中、私のお見舞いに来たり、アランを捜してくれたりしているのね)

 ミスティナはレイナルトがなにをしているのかと興味を覚える。
 それと同時に、彼の思いやりを改めて感じた。

(私はここへ来てから、お世話になってばかりだわ。なにかお役に立ちたいけれど)

「ねぇリン。私、レイナルト殿下に聞きたいことがあるの。でも毎日お忙しようだし、今日はいらっしゃらないかしら」

「きっと来ますよ。レイナルト様はミスティナ様に会いたくて仕方がないはずですから」

 侍女のリンはいつも緊張した様子で話しかけてこないが、珍しく自分の意見を付け加える。

「あのお方はミスティナ様のご負担にならないようにと、あれでもお見舞いに来る回数を控えているようですから……そうです! 今日はミスティナ様の調子もよさそうですし、気分を変えてレイナルト様を待っている間にお着替えしませんか? お手伝いいたします」

「そうね。ありがとう」

 ふたりは私室と隣接している衣装部屋に向かう。
 そして親友のフレデリカから譲り受けた、月色のドレスを着せてもらった。
 リンは相変わらず緊張していたが、もともと器用で手早いらしい。
 ミスティナを着飾るのが楽しいらしく、彼女の栗色の瞳はいきいきと輝きはじめた。

「素敵なドレスですね! レースも刺繍も細やかです!」

 リンはいつもの緊張も和らいだ様子で、顔も声も明るくウキウキしている。

「でもこんなに素晴らしい品なのに、サイズが合っていないのは不思議です」

「親友のお下がりなの。すべて彼女に合わせたオーダーメイドだから、私が着れそうなものを選んでもらったわ」

「……ミスティナ様のドレスは一着もないのですか?」

 リンが心配そうに聞いてくるので、「気に入らないから置いてきたの!」と笑ってごまかした。
 あの質素でボロボロのドレスを見れば、リンはショックを受けるだろう。

「ではミスティナ様、楽になさってくださいね! レイナルト様が独り占めにしたくなるくらい、素敵にしますから!」

「そう? レイナルト殿下はお見舞いのお菓子もみんなで食べるのを嫌がらないし、なにかを独り占めにする人には思えないけれど」

「いえいえ。ミスティナ様は特別ですから!」

(特別……そうね。私、すごく大切にしてもらっている気がするわ)

 ミスティナは身支度をリンに任せながら、レイナルトが来ることを楽しみにしている自分に気づく。

(レイナルト殿下は噂と違って、とても律儀で思いやりのある人だったもの。私に人質の価値がないと知っても、求婚を反故にしようと考えずに、アランのことを捜してくれるとまで言ってくださった)

 密書で呼ばれたときは命すら危ういと思っていたのが、嘘のようだ。

 気づけばリンの手が止まっている。
 手早く仕上げを終えた彼女はいつもの緊張も抜けた様子で、頬を染めてミスティナに見惚れていた。

「リン、ありがとう」

「……え?」

「あっという間にきれいにしてくれて、ありがとう。嬉しいわ」

 リンはハッとしたように目を見開いた。
 褒められるとは思っていなかったらしい。
 その顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、動揺した様子で片付けをはじめた。

「し、失礼しました! ミスティナ様はドレスのサイズよりお胸がきつくてくびれの部分がゆるいので、とても羨ましいなと目が――あっ!!」

 気づくとリンは、スカートの裾から覗く自分の長い尾を踏んでいる。
 前のめりになったリスの亜人を、ミスティナはさっと受け止めた。

「大丈夫?」

 リンは自分の失態に青ざめ、今にも泣き出しそうな顔になる。

「す、すすすすみませんっ!! わたし、」

「右耳が痛むの?」

 リンは無意識におおっていた右耳に気づいたのか、慌てて手を下ろした。
 そこには大きな古傷がある。

「今は痛くありません。これは以前、お仕事に失敗してムチで叩かれた傷です。レイナルト様が助けてくれなかったら、わたしは今ごろ……」

 声がどんどん小さくなっていく。
 ミスティナはリンが過剰に緊張していた理由を感じとった。

(それでとっさに耳をおさえたのね。失敗したときの恐怖や、傷跡を隠したいという無意識から)

「だからわたし、レイナルト様の大切な方の……ミスティナ様のお世話をがんばるって決めたんです。それなのにまた失敗して」

「つい抱きついてくれたのね」

「えっ!?」

 ミスティナは腕の中にいる小さなリンを抱きしめた。

「ふふ。仲良くしてくれてありがとう」

「あ、あああのっ、わたし、」

「おしゃれが大好きなのよね? リンにはどれが似合うかしら」

 ミスティナは鏡の前にリンを座らせる。
 そして髪飾りの中からいくつものリボンを試すように、リンの右耳に重ねては変えていく。

「あああのっ、これは!?」

「着せ替えごっこよ。私のお父様が元気なころは、親友とこうして遊んだの。また付き合ってくれる相手ができたら楽しいわ」

 ミスティナはリンのくるみ色の髪を結わえる。
 右耳の前に大きなすみれ色のリボンが飾られると、古い傷跡は隠れた。

「うん、似合ってる! でもリンは好き?」

 聞くまでもなかった。
 リンは鏡に映った自分を見て表情を輝かせている。

「わたし、レイナルト様の気持ちがわかった気がします……!」

 そのときリンの耳がぴくりと動いた。

「あっ、足音が……来ましたね!」


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