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17 弟の行方

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 それから数日かけて、古城にはレイナルトから贈られたミスティナの荷物が次々に届いた。
 ふたりは荷造りの合間に、薬草の採取地を相談する。
 レイナルトはミスティナの意見を聞き、世界有数の植生の宝庫であるファオネア辺境伯領を候補にあげた。

「サミュエルの領なら、融通が利く」

 サミュエル・ファオネア辺境伯はミスティナを除けば、魔病を発症したライナスの治療に協力する唯一の人物だという。
 ライナスが静養するあの部屋も、彼が所持する邸館の一室だ。

「サミュエルに事情を説明すれば、ファオネア地域の植生に関する希少な本や地図、滞在用の別荘も用意してもらえるだろう。立ち入りや採取も許可も問題ない。それに密書とともに送った花、パンセリラはあの地方で見つけたものだ」

「!」

(あれは絶滅品種だと思われていたのに、ファオネア地方では人知れず残っていたんだわ。もしかすると、諦めていた素材が見つかるかもしれない……)

 こうしてライナスの解毒薬を探すために、ファオネア辺境伯領へ向かうことが決まる。
 ミスティナが窓の外に目を向けると、深い闇に月が浮かんでいた。

「レイナルト殿下、遅くまで付き合ってくださってありがとうございます」

「俺のことは気にしなくてもいい。もともと横になっても、眠れないことの方が多いしな」

「眠れない……もしかして不眠ですか?」

「ああ、なるほど。言われてみればそうか」

 レイナルトは眠れないが日常なのか、あまり気にしたした様子もない。

「俺の不眠はいつものことだから、心配はいらない。ライナスのようにひどい魔病を起こしているのとは違う」

(そういうものなのかしら? 私は寝れないと疲れが取れないし休まらないし、つらかったけれど)

 ミスティナも一年ほど前、不眠になったことがある。
 弟のアランが行方不明になったことも影響したのだろう。
 それをきっかけに、田舎に暮らす祖母がミスティナを案じてくれて彼女の邸館で数ヶ月ほど、監視付きで暮らしていたことがある。

(眠れない夜は本棚にあった図鑑を片手に、木々のアーチをくぐって夜の庭に行ったのよね。あの場所にいると、現実を離れた穏やかな世界に行けるような気がして)

 祖母の夜の庭は、月明かりと発光する植物の静寂に包まれていた。
 ミスティナはそこにくるたび、眠れぬ夜を図鑑を眺めて過ごす。
 そこで夜行性の小動物や、不思議な青年に会ったこともあった。

(今は眠れてるのかしら、ライナス……あっ)

 ミスティナは過去の記憶から、ラグラの花蜜に毒された青年を思いだす。

(聞き覚えがあると思ったけれど、もしかして仮面を着けたライナスさんは、私が夜の庭で会ったライナスだったのかしら? 帝国ではよくある仮名だと言っていたけれど……)

 祖母の庭であったライナスとは、なにげなく言葉を交わした。
 すると彼は常に命を狙われ、戦地を渡り歩き、今は隠れて暮らしているという過酷な身の上話を淡々と話すので、何度も驚かされる。
 そして勇気づけられた。

(あのときの私は王女であることを諦めて、おばあ様の館でひっそり暮らそうと思っていたけれど……。本当は彼のような、強い人になりたいんだって気づけたわ)

 自分の本音を知ったミスティナは、それから王宮へ戻る。
 フレデリカを支えるため、そしてアランの行方を掴むための好機を見定めるまで、王宮の動向を探りながら耐えることを決めた。

(だけどライナスとは、月明かりの下で一度会っただけなのよね。仮面のライナスさんと同じ人物なのかまではわからないし……。解毒薬持っていくとき、『夜の庭で会ったライナスなの?』って聞いてみようかしら)

「それとミスティナ。まだ確定ではないが、伝えておきたいことがある」

 レイナルトの声に、ミスティナは過去の思い出から現在に意識を戻す。

「はい。なんでしょうか」

「君の弟の行方に目星がついた」

 予想もしないほど早い連絡に、ミスティナは息をのんだ。

「アランは無事なんですか!?」

「ああ、近々会わせられそうだが」

(すごいわ。強国の皇太子にして天才魔術師の探索力……)

「ただもう少しだけ時間がほしい。弟の件は俺に任せて、待ってもらえないか?」

 ミスティナは困難にも思えた可能性が、目の前に開けた気がした。

「わかりました。弟に会えるのは少し先の楽しみにします!」

「しかし王国を取り戻そうとする際に、見つかった君の弟がローレットの王子ではないと、偽物扱いされる可能性もあるだろう。他の者に彼がローレットの王子だと証明する方法はあるのか?」

「はい。古来から伝わる我が国の王位継承者を明らかにする宝物、ローレットの王冠があります。国王直系の血筋の王族がかぶると宝玉が輝きます」

「だがそれは」

「宝物庫から持ってきました」

「……手際がいいな」

「ヴィートン公爵夫妻がぞんざいに扱うので、私が大事に保管していました。自分であの王冠の宝玉を作るとなると、とても大変ですし。特に百年以上生きた竜鱗を採取するのが至難の業で……」

「相変わらず、君の薬術の知識には驚かされるな。まるで作ったことがあるようにすら聞こえる」

「あ、その……知ってるだけです。では私はレイナルト殿下のお言葉を信じて、自分にできること、ライナスさんの解毒薬に集中して取りかかることにします。植生の宝庫と呼ばれているファオネア辺境伯領なら、解毒薬の材料を集められそうですし。そうすればライナスさんも、すぐ元気になりますから!」

  ミスティナが真剣に伝えると、レイナルトはその緊張をほぐすように微笑んだ。

「それにあの地方は薬草の生育地に近い別荘も確保できる。食事もうまい。観光も充実している」

「……あの。やっぱり楽しそうな響きですよね」

「そのほうがいいだろう?」

 ミスティナは張り詰めていた気持ちを見透かされたような気がして、いい意味で力が抜ける。

(そうよね。ライナスさんの解毒薬をつくって、アランに会って、ローレット王国を取り戻すんだもの。楽しいことに決まってるわ)

 彼となら、叶えられる気がする。
 ミスティナはそんな予感を胸に、古城で留守を預かる使用人たちに別れを告げ、レイナルトと転移魔術で旅立った。





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